テーマ:小説

短編小説 「悦子」 大山倫英(文学サロン会員)

短編小説 「悦子」  大山 倫英 (文学サロン会員)  悦子は俯いたままじっとコーヒーのグラスを見つめている。どうやらそうらしく見える。少なくとも目が開いているのは間違いない。間違いないが、視線の動きというものがまるでない。一瞬のよそ見さえない。そもそも全体がぴくりとも動かない。膝の上に奇麗に揃えた手からすぼ…
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短編「ある親子」(仮題) 佐々木太一 (二松學舍大学) 

短編 ある親子(仮題) 佐々木太一 二松學舍大学 212B2229 私たち親子は呪われた時代に生きてしまいました。 貧しい生活の中で図らずも産んでしまった子は身体も弱く、この過酷な環境で生きていくのは難しいでしょう。 しかもこの街で最近は何やら不気味な、風邪に似た病がはやっているそうです。 私に…
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短編「私の妻」 木村昭仁 (二松学舎大学 213A1063)

短編 私の妻 木村昭仁 二松学舎大学 213A1063 私はドーナツを揚げていた。 ぷつぷつと油が弾けるのを見ていたら、妻の言葉を思い出した。 最初に強火で、一度下げて、最後にまた強火。 新しいことを覚えられなくなった妻だが、昔のことはよく覚えていた。 一緒に登った山の名前を妻はずらずらと並べた。 …
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個人冊子「メ眼」 岬文彦

「メ眼」  岬文彦 二松学舎大学 ※私の講義を受けていた学生の小短編集です。 自慢ではありませんが、私は素晴らしい学生にけっこう恵まれています。 希望をくれます。お時間のある時にご一読いただけると幸いです。 【収録話】蛇を踏む/悪夢/死ねばいいのにね/宇宙の子 http://humico.t…
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短編 「トラとわたし」 植田小百合 (二松學舍大学213A1025)

短編 トラとわたし  植田小百合  二松學舍大学 213A1025 私はとある場所に向かっていた。 坂を登り、人ごみに紛れる。 曲芸師の周りを人々が囲んでいた。横目でそれを見る。 しかし、私の足は動きをやめない。ただ真っ直ぐに進んで行く。 大きな広場には一人の男が立っていた。私はその男に手を振った…
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短編 「月逢(つきあい)」 田中雄太 (二松学舎大学 213A1276)

短編 月逢(つきあい) 田中雄太 二松学舎大学 213A1276 教室中にチャイムが鳴り響いた。 その音は全身に共鳴して、痺れるみたいだった。 やがて力が入らなくなり、握っていた手紙はぽとりと床に落ちた。 視界は彩度を失くした。 ついさっきまで喧しく鼓動していた心臓が、今は止まってしまったみたいに静か…
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短編 「無題」  鈴木里歩 (二松学舎大学)

短編 「無題」 鈴木里歩二松学舎大学 (213A11088) 金曜夜の駅前は賑わっていた。 飲み会へ向かう会社員の集団に、合コンらしき学生のグループ、 これからデートらしいカップルなど。様々なタイプの人で溢れかえっている。 そんな中を、人と人の隙間を縫うようにして歩く一人の男がいた。 男はスーツの…
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短編 「こんな夢を見た」  坂下尚香 二松学舎大学

こんな夢を見た 坂下尚香 二松学舎大学 213A1089  こんな夢を見た。  温かい水の中は、薄暗いけれどハッキリとものが見えた。ちょうど青と紫の真ん中くらいの色をした暗やみが、わたしをつつんでいた。自分の手足がなんだかぼんやりと光っているようだった。きっと夜なのだ、とわたしは思った。水の中で口をぱくぱく…
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短編 「こんな夢を見た」  田中雄太 二松学舎大学

こんな夢を見た 田中 雄太   二松学舎大学 213A1276  こんな夢を見た。  ぬかるむ斜面を踏ん張りながら歩いている。 気付けば腕も足も傷だらけで、擦りむいた膝がじくじくと痛んだ。 降りしきる雨が荷物を濡らして、冷たく重かった。  いくらか中身を置いていこうと思い、荷物を下ろした。 鞄を探…
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短編 そこはとてもきれいな場所だった  中嶋徹治

そこはとてもきれいな場所だった 中嶋徹治 二松学舎大学 212A1287 そこはとてもきれいな場所だった。 木々が茂り、黄色い小さな花が咲いていた。鳥が鳴いていた。虫も鳴いていた。 空は、暗かった。 その小さくきれいな丘に、男が立っていた。色のあふれるその場所に、明確な輪郭を持った黒いスーツを着た男は…
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短編 傘 中嶋徹治

傘 中嶋徹治 二松学舎大学 212A1287  そこに、男がいた。  まわりは、水滴とそれがぶつかりはじける音であふれていた。男は、傘をさしていた。男のそばには、隅の茶色く汚れた、時刻表が立っていた。背後では古いベンチが雨に打ち付けられていた。  男は少し濡れた袖を、腕を伸ばすことで少しまくって、空と似た灰…
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短編 こんな夢を見た 中嶋徹治

こんな夢を見た 中嶋徹治 二松学舎大学 212A1287   こんな夢を見た。  道を歩いていた。あたりはうす暗く、街灯が少ない。夜風が心地よい夜だった。点々と植えられた街路樹が、風がそよぐたびに凪いでいた。  見たことのない場所だった。生まれは新宿だ。ふるさとというわけでもない。とにかく、覚えのない場所だ…
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短編 でいだらぼっち 深沢美早季

でいだらぼっち 深沢美早季 (二松学舎大学文学部 211A1131)  そのふっくらと膨らんだ顔が現れてから何日経ったのだろうと指を折って数えてみたが、いつからそこに出現したのかすっかり忘れてしまった。カレンダーなり手帳なりに書き込むような自分ではなかったし、そのことはさほど重要でない。  家の中から雑草だら…
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短編 こんな夢を見た 深沢美早季

こんな夢を見た 深沢美早季 (二松学舎大学文学部 211A1131) こんな夢を見た。  自宅の一階の居間で顔を真っ青にさせて股を開き座り込んでいる。スポンと軽快に膣から飛び出した小魚をキャッチして座卓の上に置きすぐさま迎え受ける準備をした。スポン。また出た。  痛みは全くない。直視できずとも体内から産…
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短編 水槽 佐藤一子

水槽 佐藤一子(文学部国文学科二年)  ちゃぷん、と水が跳ねる音を立てながら、水色の浴衣を着た小さな姿が前を歩いている。手には、頼りなさ気なビニール袋が揺れる。中には、小さな金魚が三匹。赤いのが二匹と、オレンジ色のが一匹。 「お兄ちゃん、水槽に入れよう!」 「あの水槽に金魚三匹は大きすぎるよ。金魚鉢っても…
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短編 幸福論破 佐藤一子

幸福論破 佐藤一子(文学部国文学科二年) 「しあわせかい?」  小高い丘の上、遠くに家々が小さく見え、近くに生い茂った緑が広がる。ぼんやりとその風景を眺めていたら、声をかけられた。 「なんだって?」 「しあわせか、と、聞いたんだ」 「しあわせ、ねぇ」  しあわせ、幸せ。辛い、という字に一本足したら、幸せ…
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短編小説 カギマニア 佐藤一子

カギマニア 佐藤一子(文学部国文学科二年) 半分欠けた月が暗い空で淡く輝く、人がいない夜中の住宅街。静かなその街を、少女が一人、早足で歩いていた。人が寝静まった街は薄暗く、存在を主張する街灯がやけに明るくて、不気味さを感じさせていた。 ――早く帰りたい。少女、間宮凛は、ただそれだけを思って足…
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私の聖書物語 2    野口忠男

短編小説 私の聖書物語・2 サマリアの女 野口忠男  ローマ皇帝テベリュスの治世十三年。  中東のサマリア地方、スカルの町のはずれ。  暗い家の中で女は、ゆっくりと石臼を挽いていた。挽いているのは大麦で、それは今朝暗いうちに出ていった男が女のために一袋置いていったものである。 (これで七日はしのげる……)  女はやもめ…
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幼夫絶叫__後編  小泉八重子

小説 幼夫絶叫 後編 小泉八重子 履歴その四 二〇〇三年(平成十五年)。大蔵、三十三歳。阪急春日野道の近くにあるプリマベーラ神戸というワンルームマンションに引っ越す。家賃八万円のそこは、裏寂れた商店街が近くにあるものの玄関の植え込みとベージュの煉瓦ふう壁面の小洒落た建物だ。 この間、追い打ちをかけるように病魔が襲う。三十四…
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幼夫絶叫__前編  小泉八重子

小説 幼夫絶叫 前編 小泉八重子 プロローグ 「三、三、四の十っ! 今回は十万やな。十万!」  さきほどから道端で柄の悪い大男が妙子に声を張り上げる。一体何が十万なのだろう。理解に苦しむ。この男と知り合って三年余り。まさかただのセックスがその値段というわけでもあるまい。妙子は黙っていた。そういえば知り合ったのも道端だった。…
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六日未明の朝   岩波三樹緒

短編小説 六日未明の朝 岩波三樹緒 死んだ父が帰ってくるという。父の十三回忌は、新しい年が明ければ三年前に行われた。 どうやって、どんな形で、父は帰ってくるのか、あり得ないこととは思えなかった。  齢六十七で死んでは早いけれど、なんだかちょうどよかったのでは、と思える父である。 その場所は、お祭りをしていた。 カーニバルだ…
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Un-Requted    橋田祐里

短編小説 Un-Requted 二松学舎大学 橋田祐里 「いってきます」 アパート特有の金属性で分厚い扉を押しながら、玄関に立つエプロン姿の母に声をかけ、家を出た。 背後でガシャンという冷たい金属音を聞き、肩の通学鞄をなんとなしに掛けなおす。 外に面した廊下の、手すり越しに見える下界の景色は、朝の透明な光に照らされやけに…
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私の聖書物語 ニコデモ 野口忠男

    私の聖書物語     ニコデモ     野口忠男  時は、ローマ皇帝テベリュウスの治世の頃。  春の季節とはいえ、中東地方、エルサレムでも午後六時を過ぎると、夕闇が訪れる。  城内の富裕層が住むこの辺りでは、道路にでると、高い塀に遮られて暗さを増し、人の顔も見えなくなる。  ニコデモは、人目に付かないように粗末な外套を…
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神戸寄港5__3   小泉八重子

     小説      神戸寄港5      小泉八重子  二〇〇七年 四月三十日(月)晴れ  二十九日に神戸にやってきた正子と今日はともに病院にいく。正子は来るなり私への叱言を始めた。 「なんで次郎さんと対立してしまったん。けんかせんようにうまいことやらな」 「自分、それできるん? けんかもせんときれい事ではおさまらんのよ…
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神戸寄港5__2   小泉八重子

     小説      神戸寄港5      小泉八重子  二〇〇七年 四月二十六日(木)  午前九時五分。明石、新光病院の玄関で、白衣の田村先生が煙草を吸っていた。お互い 無言のまま、私は受付に向った。 「植山采子の入院のお願いに参りました。田村先生お願い申し上げます」  単刀直入にそれだけ言うと、受付嬢は椅子に座って待つ…
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神戸寄港5__1   小泉八重子

     小説      神戸寄港5      小泉八重子  二〇〇七年 平成十九年 四月二十二日(日)  今回の帰郷は痴呆の母に法定後見人をつけるのが目的だった。  法定後見人とは高齢化社会に即して平成十二年に法定化された。私たちの問題に限っていえば、母の所有する株券が近親者でも売れなくなったというのが、この制度を利用する発…
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鼠こども   岩波三樹緒

     小説      鼠こども      岩波三樹緒    胎児が流れてみると、それはもう疾うからいなかったのだ、とも思えてきた。  病院にいるのは何日めだろう。  個人病院の個室は、部屋の壁紙をやさしいベビーブルーに張り替えてはいたが、天井から壁へつながるひと隅に、隠しきれない染みが拡がっていて、薄目を開けるたび、そこば…
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ルーシー・インザスカイ・ウィズダイアモンド  大山倫英

   小説    ルーシー・インザスカイ・    ウィズダイアモンド    大山倫英  陰鬱な部屋の片隅に木製の粗末な安楽椅子が一つ置いてあり、看護婦のナタリーはそこに腰掛けて編み物をしていた。彼女は椅子ごと身体を前後に揺すりながら手仕事をし、たまに動きを止めて顔を上げては、天井に向かって小さなため息を漏らした。しかしそれがす…
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同人M   小泉八重子

     短編      同人M      小泉八重子  ある秋の日、ソファに置いてあった携帯が鳴った。 「もしもし、ええと、あ、こ、小泉さん?」  聞きなれた男の声だ。弾みきったボールがいささかしおれた感じに戸惑う。 「ああ、Mさん」  私は答える。声の主はおよそ十余年前に散会した同人誌をともに支えた男だ。既に六十、五十八の男…
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トロさんがいる   野口忠男

     短編      トロさんがいる                  野口忠男 2005年度エッセイ賞優秀賞 「トロちゃん、あなたお見合いしなさい」 大学時代の先輩でもあり、親友でもあるKさんからこう切り出されて、敏子は、一瞬、言葉を失った。 「冗談言わないでよ、K。わたしには付き合っている人がいるのよ。知ってるでしょう…
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