ふるさと  石川信一郎

画像     エッセイ

     ふるさと

                 石川信一郎


ふるさとってどこにあるの。
わたしには、ふるさとは、ない。

小学校の校庭を横切ってゆく、土のないアスファルトの校庭。
両側に輪のように校庭をとり囲んでいる校舎、もう木造のものはなく、
すべて鉄筋コンクリート。
そしてだれもいない、秋の夕陽だけがさしこんでいる。
校庭を出て、校門をみる。青山尋常小学校、青山国民学校。
いや違う、今はもうない。
校門の前に文房具屋とパン屋。
消しゴムを忘れた時に買いにいった文房具屋。
そして昼近くなるとお腹のすくよいにおいをさせていたパン屋。
パン屋のとこの横丁は我家の前の横丁。
鉄筋コンクリートのマンションが立ち並ぶ。
いや、木造の格子戸の、しもたや。
黒く塗った木の塀。
この横丁は先生に隠れてやる、メンコ。
ベイゴマ。
子供たちの甲高い声。
子供たちの天国。
だが今は自動車がわがもの顔で通り抜ける。
そのさきの横丁を曲がる、おもての通りに出る。
そして神宮外苑。
銀杏並木が並ぶ。
黄色い雪を降らせて舞う銀杏の葉。
脇にそびえる高い石積みの壁、背より高かった壁。
今は手がかんたんに届く。
壁が低くなったのか。
友達とやっと買ってもらった自転車で追いつ追われつ
走りまわった広い道。
今は自動車の渋滞が続き、排気ガスが充満して、
銀杏も黒ずんで、夕陽があたっても黄色く輝かない。

ふるさとってどこにあるの。
わたしには、ふるさとはない。

老母は嫁に言った。
蓉子さん長い間世話してもらったけれど、わたしは田舎に帰ります。
そして風呂敷をひろげて身のまわりのものを包みだした。
息子は癌で逝ってしまった。
何時までも嫁の世話になってはいられない。
嫁はよくしてくれるけれど、何時までも世話になってはいられない。
わたしももう九十になる。
わたしがこれからも生活してゆけるのは田舎の実家しかない。
東京の鉄筋コンクリートのマンションは寒々として暮らしてゆけない。
草履をはき、風呂敷を持って省線電車に乗って上野駅へ。
何時も田舎へ帰るのは上野駅から夜行列車。
黒い帽子をかぶった駅員が手をあげ、汽笛が鳴って動き出す。

まっくらな闇の中を走っていた汽車は朝日のまぶしい駅に着く。
駅の洗面所で顔を洗う。
冷たい水だ。
水の冷たさもかわらないが、改札のおじさんもかわらない。
駅のまえの道を真直ぐに行く。
まだ朝も早いので人も少ない。
街の家々の軒先が朝日にかがやいている。

街をはなれて、田圃の中を歩く。
草履のふむ土がやわらかい。
森が見えてくる。
鎮守の森だ。
木々がかがやき、小鳥の囀りがにぎやかだ。
そして小学校。
六年間通った小学校、木造の二階建て、ひびろとまったいらな校庭。
御真影の奉安所、二宮金次郎の銅像。
校舎のなかは掃除がいきどどいて、ひかっている。
小学校を過ぎ川の土手へでる。
川面はひかり、土手には草が露をふくんでいる。
川の橋を渡るともうそこは我家。

格子戸を開けて我家に入る。
そこは 諸越 を作る作業場だ。
諸越 の型木が積んである。
花や動物、縁起物の形が 諸越になるのを待っている。
父親は鉢巻をして、諸越 の材料である小豆と和三盆をこねている。
湯気のたちのぼる中の父親。
その奥の台所の釜の前には母親がいる。
朝食の準備だ。釜の中のごはんがひかっている。
おなべの中の味噌汁、ああ、いいにおい。

「おかあさん」
突然嫁の声が聞こえる。
「おかあさん、田舎へ帰られても、もうおかあさんのお家はありませんよ。
おとうさんもおかあさんも、どなたもいらっしゃいませんよ」

ふるさとってどこにあるの。
わたしには、ふるさとは、ない。



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