今、気になること  深谷巌

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エッセイ

今、気になること

深谷 巖




 最近、「百年に一度の不況」という言葉を政府筋がさかんに口にする。私はこの言い方を聞くたびに納得出来ない思いを持つ。理由は二つある。
その一つはほんとに百年に一度のなどといえるのかということだ。いまから百年前(一九〇九)は明治四十一年である。現在がそれ以来の不況などど言えるのか。太宰治もその著「津軽」のなかで五年に一度の凶作があったと記している。東北地方はこんなに厳しい地方なのだ。昭和九年(一九三四)には大変な凶作にも襲われている。
 一九四五年の敗戦後五年ほどの間、私の記憶では、働くに職なく住むに家なく食料もなく多数の国民が飢えていた。それゆえに治安の悪かったあの時代の生活難の方が今より不況は深刻だったと感じられる。日々残飯・期限切れの食品を捨てている社会で暮しながらどこが「百年に一度の不況」だろうか。
 二つめは「百年に一度の不況」という不可抗力な天災のような表現で責任の所在をあいまいにしていることだ。今回の不況は世界的規模だが「人災」だと思う。
 不満なままに政府の閣僚名簿を見ると、与謝野財務担当相ほか麻生総理等五名以外一三名は戦後生まれだ。今朝、四月十八日付けの「朝日こども新聞」によると、戦後生まれの人口は九六四五万六千人に達し総人口(一億二七六九万二千人)の七十五・五%を占めるに至ったそうだ。敗戦時の生活苦を知る者は少数派になってしまった。
 昭和一桁生まれの私が納得できる話が聞けるのは「ラジオ深夜便」ぐらいだ。昭和二十年(四五)三月十日夜の東京大空襲の悲惨さを知る人も今は少数だ。国民のご先祖さまの中には生きんが為ドロボーやカッパライをしながら家族を養ってきた方もい
るかもしれない。これが今からたった六十四年から五十年前の日本の姿だ。
現在よりあの頃の不況が酷かったと強弁するつもりはない。ただ安易に「耳に入りよい」言葉をつかって欲しくはない。聞く方もそれにのせられて考える事を放棄しないで欲しい。
先日、経済解説を聞いた。今年のわが国の経済をわかり易く考えると五百万円の年収しかないのに八百万円の支出をしなければ暮らしが成り立たない状況だという。では不足分の三百万円はどうするか。赤字国債を発行し補うという。結果的に累積国債を大きくして課題解決を先送りする。更に不況対策として補正予算まで組む雲行きだ
「百年に一度の不況」とスローガン化した言葉に踊らされることなく、原爆を浴びた世界唯一の民族としてひとりひとりが歴史の現実に学び、未来を志向する眼を持った時政治家、官僚から不正確、迂闊な発言は消えるのではないか。




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