笑顔  深谷巌

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エッセイ

笑顔

深谷巌



元同僚のAはあまり笑わない男だった。仲間からは「口を開いて笑うと損するとでも思っているんだ、ろくにしゃべりもしない」などと陰口を叩かれていた。だが一緒に仕事を担当したとき、幼時に両親を失い、祖父に「男はあまりしゃべるものでない」といわれて育てられた、と彼から聞かされた。
また彼は中耳炎を患い耳が少し遠く、小学時代の成績は振るわなかったらしい。みんなで話し合っていても、一拍遅れで笑っては「うす馬鹿」と言われ、もう笑うまいと思ったそうだ。現在も祖父の教えを守り決して余計なことは言わない。そんな彼が笑ったりしたらその笑いは貴重だなと思ってしまう。
Bはいつも笑っていて誰にも愛想がよかった。「セールスマンになれば成功しただろうに」といわれながら彼は職場で誰彼なく、特に上役には愛想を振りまいていた。
だが愛想で仕事がすむわけでもなく、彼はへつらい男と、どこか軽蔑の眼で見られることが多かった。昔の人は、笑う門には福来る、言ったが彼の場合は笑いが過ぎて福が去ってしまうこともあっったようだ。
「いい加減にシャッキとしてろ」と言ってやりたくなることあった。
だが、これはひとこと多くて上司ににらまれがちな者のお節介というものだろう。とまれ彼はこの癖のおかげでか、これといった敵を作らずにすんだ。それを考えると、あの笑顔の陰には計り知れない思いがひそんでいたのかもしれない。
先日の事、ある店に入ったところ、幼児が駆け寄って来た。お母さんは「へんなおじいさんに近寄ってはだめ」というような素振りをみせているのに、自分のおじいちゃんと勘違いしたのか顔一杯に笑顔をうかべ片言で私に話しかけてくる。驚いた、こんな笑顔には文句なしに降参だ、へそ曲がり仙人も和ませられて思わず笑顔になってしまった。
幼時に可愛がられ、思うままに泣いて、笑って育った私は世間知らずだった。
「ばっぱさん、さむーい」と駆け寄ると「しゃーまずこうだにつめてえぐなって」と言いながら懐に手を入れて暖めてくれた祖母の笑顔にもう一度あいたい。


 


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