ふるさと・ふところ   椎野安里子

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エッセイ

ふるさと・ふところ

椎野安里子


2004年度エッセイ賞・優秀賞受賞


 子どもの頃、街にはもっと「ヘンな人たち」がうろうろしていたような気がする。街全体がそんな人たちを温かくほったらかしていた。今は一見、整った街の中にこわいかもしれない人たちはうろうろしているかもしれないのだが。
 小学生の頃、夏休みのほとんどの時間を佐渡が島で過ごした。祖父母の家が佐渡の相川という街にあった。目黒の社宅に同居していた大学生の叔母が「暑中休暇」になると佐渡へ帰るので、その時についでに連れて行ってもらう。大学の夏休みは小学校のそれよりずっと長いわけだから、私も弟も一学期の終業式より前に佐渡へ行き、二学期の始業式が過ぎてから東京に帰ってきていた。二学期が始まってからも、時々、佐渡弁が出てあわてた。

 船酔いという地獄さえ乗り切ってしまえばあとは天国が待っていた。季節限定の友人である旅館の娘のタケミちゃんや、薬屋のヒデちゃんたちと朝から夕方まで指の腹がしわしわになるまで泳いだ。子どもどうしの智恵で身体が冷えすぎると、
 「○○ちゃん、唇がブス色になっとるちゃ」
 と、お互いに注意しあって休憩した。

 今でも兄弟で佐渡の話をすると出てくるのが、「舌べら貫太」と「おつねさん」だ。「舌ベラ貫太」はいつもにこにこしていて、大人なのに身長がちょっと大柄な子どもくらい。髪型だけはいつもきちんと刈り上げてあるのに、顔やら手やら膝丈のズボンから突き出た脚やらが、なんとなく垢光りしているような印象だった。それともただの日焼けだったのだろうか。お腹を突き出して歩く姿が、顔はふけているのに子どものように見えた。

 しゃべる時も黙っている時もいつも舌の先が口からはみ出しているのでこんなあだ名がついたのだろう。それにしてもストレートすぎる名だ。土産物屋で売っている「名物笹飴」というものがあった。笹の葉にはさんだ平べったい飴なのだが、子どもの口には大きすぎる。それを無理矢理口に入れて、上顎にくっついた飴を半分口から出して、よく「舌べら貫太」の真似をしていた。

 貫太は仕事としては汲み取り屋をしていた。親の仕事を手伝っていたのか、街の人たちが貫太にできる仕事を与えていたのかわからないが、仕事が終わると広げた手の平に正確な額の賃金を載せてもらうまで、にこにこして手をひろげて待っていたというから、お金の計算はできたのだろう。

 「おつねさん」のほうは純然たる女乞食だった。これが子ども心にえらく怖かった。真夏だというのに頭から黒い布を被っていた。静かにただ厳かに歩いている時もあれば、ぶつぶつと何事か呟きながら、まとわりついてくる犬でも追っ払うような動作で黒布の裾をばさばさ払って歩いている時もあった。魚屋や八百屋の前のごみをのぞいたりもしていた。店のおばさんが当たり前のように無言で梨を手渡し、おつねさんがお礼らしい動作も見せずもらっているのを見かけたりもした。

 顔の色が異常に白く、これは噂によると捨ててある歯磨き粉の缶の底に残る粉を水で溶いて白粉がわりに塗っているということだった。廃屋のガラス窓に映して化粧をしているのを見たという友人もいたが、これはリアルすぎてむしろ怪しい話だ。地元の子どもたちにとっては怖いものとは見えないらしいのも不思議だった。道でも平気ですれ違っていたし、時にからかったりもしていた。からかったらおつねさんが怒って、「おっかねえかったのぉ」などと言っていたが、私たち都会っ子が怖がるのとは種類が違った。

 私も弟も外におつねさんがいると家から出られなかった。近所にもう一人、夏の間だけ都会から佐渡に来る男の子がいた。けっこう颯爽としていて当時としては珍しいゴーグルのようなものをして泳いでいたが、ある時、この子のおばあちゃんが、「明弘は、おつねさんをおっかねがるっちゃ」と言っているのを聞いて、どう考えたって怖いよね、と思った。

 一度、一人で歩いていて一本道のあちらからおつねさんが来るのにばったり出会ってしまったことがある。この時の恐ろしさは忘れられない。引き返して走り出したい衝動をどうにか抑えたのは、背中を向けることのほうがむしろ怖かったからだ。この世のものではないような速さで追いかけてきそうな気がしたのだ。すれちがって、角をまがって、祖父母の家が見えてくるまでの数分間が、息もできない気の遠くなりそうな時間だった。

 ある年の夏、いつの間にかおつねさんを見かけなくなっていることに気づいてタケミちゃんに聞いたら、「おととしの正月に死んですんだぁ」ということだった。
 「四万円も持っとったがさ」
 と、タケミちゃんが言った。四万円……。そのお金でみんなで葬式を出してあげたという。今思うと、おつねさんの人生は決して幸せそうには見えなかったけれど、今の都会のホームレスとはどこかおもむきが違っていた。もっと泰然自若として街の景色にとけ込んでいた。

タケミちゃんは向かいのスーパーの長男のユウさんと結婚して、早朝から夜は九時、十時まで働き回っている。タケミちゃんの三人の息子たちが、今、私の二人の息子の季節限定の友だちだ。




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