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zoom RSS 個人冊子「メ眼」 岬文彦

<<   作成日時 : 2014/11/15 04:18   >>

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「メ眼」 
岬文彦
二松学舎大学

※私の講義を受けていた学生の小短編集です。
自慢ではありませんが、私は素晴らしい学生にけっこう恵まれています。
希望をくれます。お時間のある時にご一読いただけると幸いです。



【収録話】蛇を踏む/悪夢/死ねばいいのにね/宇宙の子
http://humico.tumblr.com/



全て実話を基に書いた小話です。
日常に非日常が紛れ込んでいるみたいなものを書くね、とよく言われますが最近は気味が悪いとも言われるようになりました。きっと大衆受けはしないでしょうけど、現在の消費社会で消費されないものはなく、私の字も年齢も性も生も何もかも食われ廃れていきます。それなら、まあちょっと毒を仕込んで、内側から浸食していく道を選んでも構わないんじゃないかしら。私をいい人だ優しい人だその隙に付け込んでいるんだ許してね、なんて言わないでください。何人もの犠牲者を背負って生きる覚悟はないし、そうして結局振り落としさえして逃げてきた残酷な人間です。私は日記が書けません。些細な罪を告白することでさらに被害者を増やす可能性があるというのも理由ですが、そもそも、ありのまま書くこと自体フィクションの設定であって「ありのまま」が伝わらない代物になってしまうのです。小説は加工された告白ですが、そのほうが「ありのまま」に近い気がします。だから、気味が悪いと言われるんだと思います。
だって、ほんとうは皆さん薄々日常の話だって、気づいているんでしょう?



蛇を踏む


小学生の頃の母の話を聞いたのは、私が中学校の裏側で青大将を見たと言った十月中旬、北風と南風が日々交互に吹く時期のことであった。青大将と言えば、私もその附近でまだ四年生の時に見かけて踏みそうになったのよと、父のワイシャツのボタンを付け直しながら母がふと漏らした。
初めはホースだと思ったらしい。ホースを誰かが引っ張っているので半月を描いたホースがするすると動いて見えるのだ。彼女は横断歩道を渡るとき白線を沢山踏むことが出来るように足幅とスピードを調節するような子供で、そのホースもわざわざ踏んでいこうとした。すると、素っ頓狂な男の高い声が聞こえ驚いてホースを超えてしまった。
「ヨロシイ。ヨカロウ。ヨロシイ。ヨカロウ」
おおよそ、そのようなことを言っていたのだと気付いた時には小柄な老父が乗った自転車は母を通り越し、その声を復唱して道の向こうへ走り去ってしまったのだという。後姿をあんぐりと口を開けて見送り、それから思い出して足元を見下ろすと丁度蛇の尾っぽが草陰に隠れたところで「あれは蛇だったのか!」と気づき、逃げた。あの声が聞こえなければ、母は危うくホースだと思って蛇を力強く踏むところだった。
「でも、踏んでも良かったのかもしれないね」
許可されたから、踏まなかったのかもしれないのだけれど。
その、母の話を聞いてから四年が経った時、よれた高校の制服を着て自転車を漕いで学校を後にしようとしたら向こうの道から何やら声を発しながら同じように自転車を早く漕ぐ影が見えた。ヨロシイ、ヨカロウ、ヨロシイ、ヨカロウ。
「宜シイ、良カロウ、宜シイ、良カロウ」
喉の高い位置から無理に出しているような声だった。唖然とする私を見つめる笑顔が、声が、横を通り過ぎていく。ヨロシイ。ヨカロウ。ヨロシイ。ヨカロウ……。声は遠くなり、道へ吸い込まれていった。詰めていた息を吐きだせないまま、後ろを振り返るもそこに人影はない。
あの時の私は一体何を許され、しなかったのか。未だに分からずにいる。

(2014/11/02発行個人冊子「メ眼」収録)



悪夢


真っ暗なプールを泳いだ記憶がある。
それはそれは暗く、何も見えず、ただ気持ちよくすいーっと水中へ潜って泳いでいた記憶である。水泳が好きで、中でもクロールは身体の軸が取れやすくてそのバランスの良さが気に入っていて、だからその記憶の中の私もクロールを本格的に始める前の、両手を前に突きだし水の切れ目へ突入するように潜っていたような気がしていた。けれど両親に聞いても、明かりのないプールで泳がせたことは無いと言って相手にはしてもらえなかった。たとえ記憶違いだったとして、夢で見た光景だったとして、だ。それなら尚更暗闇のプールを泳ぎたいという願望は年を経るにつれどんどん膨らんでいった。
「夜のプールを泳いでみたい」
「え、怖いよ」
「私泳いだよ」
気持ちが良かった、と振り返った彼女を笑わせようと私の願望の理由を話すと彼女はだんだん目を見開いて何度も強く頷いた。私も、そうだった。誰も信じてくれないの。私以外にもいたなんて。大学のラウンジでそれぞれ好き勝手にランチを摂っている中、四六時中無言だった眼力の鋭い女の子がふと顔を上げて私達三人を見た。どうしたの、と私が彼女に聞く。
「その真っ暗なプール、私も泳いだことあるし、みんなあると思うよ」
「どうして?」
「それ、きっと子宮の中の記憶だよ」
アッと私達は声をあげて、そうかもしれないとお互いの顔を見合わせた。きっと、そうに違いないと思う節があったからである。しかしその仮説が本当に正しいとしたら、怖いと思った一人の友人は一体子宮にいた頃何があったのだろうか。
聞いても帰ってこない問いは緑茶と一緒に飲み込んだ。

(2014/11/02発行個人冊子「メ眼」収録)



死ねばいいのに

隣家に住む祖父は小学生の頃私の面倒をよく見てくれるありがたい人だったが、困ったことに黒い害鳥を一羽飼っていた。非常に賢いのだと祖父は褒めるが私が通学、帰宅する時にわざわざ私に目がけて白い糞を落としていくので大っ嫌いだった。おかげで学校では名前の「ふみ子」にひっかけて「フン子」と呼ばれ、別のクラスの生徒が帰宅時に追いかけてくる有様だった。害鳥から逃げている私を指さして笑い、奇跡的に糞を避けた時は罵倒し、先生の前でもフン子とからかった。それで溜まった鬱憤を晴らすべく家の庭で害鳥に石を投げつけると祖父が憐れんで私を嗜めた。害鳥を憐れんで、私を諭す。
「お前が虐めるからこの子はお前にし返すんだよ」
「先にやったのはその鳥だもん」
「動物は理由もなくやりはせん」
本当にあだ名だとでも思ったのか、先生が私をフン子と呼んでクラス中大笑いに包まれた時、私は初めて生き物を呪った。死んでしまえばいいと本気で願った。
三日後、黒い鳥は猫に襲われて急速に弱り、一週間後に死んだ。ばい菌が傷口から入ってしまったらしい。生まれたばかりの状態から育てていた祖父はショックを受け、その年の十二月、風呂場で倒れているところを発見されてそのままこの世を去った。隣家は取り壊すことになった。
「突然だったわね」
母の言葉は私を咎めているようにしか聞こえなかった。

(2014/11/02発行 個人冊子「メ眼」収録)



宇宙の子


自分を第三者の視点から見られるようになりなさいと教えられる時期があった。あれは誰にでもある時期なのか、それともそういう時代だったのか分からないけれど、そんなこと言われる前からできているわと、子供の私は澄ました顔で大人を見返していた。今になって、あの大人たちが言っていたのは考え方の話であったのだと気付いたが、あの頃の私は空間的な意味でその文句を理解し実行していたのだと同時に気がついて最近の視界への違和感と恐怖がない交ぜになって驚いた。あの頃の私は、自分の目玉から通して世界を見てはおらず、私の体から斜め後ろ、右方頭上から教室や、寝室を見ていた。高校生の頃に絵を学んだことで目玉や手の使い方を理解したが、それ以前はどこか別の場所から体を遠隔操作していた。だから今まで「見えていなかった」事が多いのだと、他人から指摘され節穴な目だと怒られたあらゆる出来事を思い出す。ははあ、私はやっと人間に近づいたのだなあ。
そんな発見をした後の朝の出来事であった。
目覚まし時計が聞こえて上半身を起こし、目を開けようとしたがどうも目が張り付いたように重くて開かない。そもそも身体も異様に重い。何かが変だと必死に目をこじ開けて腕を上げようとしたが、腕の感覚が無く、身体が後ろへ引っ張られる心地がしてその引力に対抗するのがやっとだった。起きなくては目覚まし時計が止められない。起きなくては、ベッドから離れなくては。離れなくては?
ふと、背中に意識を戻すと引力がなくなり身体が楽になった。恐る恐る目を開ける。天井が見えた。背中にマットレスの感触がある。ああ、危ない所だった。
どうやら、危うく幽体離脱をしかけたようだった。朝から冷や汗をかいて目覚まし時計を止めた。

(2014/11/02発行個人冊子「メ眼」収録)


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