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zoom RSS 短編 「トラとわたし」 植田小百合 (二松學舍大学213A1025)

<<   作成日時 : 2014/11/14 16:57   >>

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短編
トラとわたし 
植田小百合 
二松學舍大学 213A1025



私はとある場所に向かっていた。
坂を登り、人ごみに紛れる。
曲芸師の周りを人々が囲んでいた。横目でそれを見る。
しかし、私の足は動きをやめない。ただ真っ直ぐに進んで行く。
大きな広場には一人の男が立っていた。私はその男に手を振った。
「遅くなってしまってごめんなさい」
「かまわないよ、行こうか」
男が歩き出す。私は後を追った。
自動券売機の前には行列ができていた。
立ち止まって上を見上げた。古い看板がかけてある。
大きくZOOと書かれた看板だった。ペンキが少し剥がれていた。
「ほら」
男が私にチケットを渡した。
「お金払いますよ」
「たまには良いじゃないか」
私の手を取り、男は中へ入っていった。

周りの人に習って、檻の前を歩いた。前の人が動くと私たちも動いた。
中には、地味な色をした鳥がいた。
動かない、静かな鳥だった。その横にも、またその横にも鳥がいた。
男は檻の中を見ては、へえとかほおとか声を出していた。
パンダを見て、サルを見て、ゾウを見た。
そして、私たちはトラの檻の前にきた。
トラの檻は分厚いガラスに囲まれていた。トラは身じろぎすらしない。
子供たちが中を覗いては、どこかへ駆けて行った。
「動かないと見応えがないな」
私は黙って中を見つめていた。トラがこちらへ来るような気がした。
男が檻の周りをうろうろしていた。
「次に行こうか」
私は返事をしなかった。ただ、トラの後ろ姿を見ていた。
呼吸のタイミングで上下する背中が面白かった。
「仕方ない奴だな」
男に手を掴まれ、私はやっと動いた。縞模様が目に焼き付いたままだった。


その後、どの動物にも興味が湧かなかった。
日が暮れて、閉園時間が近づいていた。
私たちは出入り口へ向かって歩いていた。
園内を一周回ったから、足が棒のようだった。
最初に見た鳥の檻が見えてきた。
静かだった鳥たちが、忙しなく飛び回っていた。
取り留めもない話をしながら駅へ向かった。男と別れて家へ帰った。


その夜、動物園の夢を見た。
すべての檻が取り払われ、動物たちが好き勝手に移動していた。
鳥たちは次々に空へと羽ばたいて行った。
サルは群れを作って小動物を襲っていた。
馬が駆け回り、狼が陰からそれを狙っていた。
牛たちはライオンに食われ、辺りには血が流れていた。
私は迷わず、トラの檻へ向かった。
わざとらしく置かれた木や草の中に縞模様が見えた。足音を殺して近づいた。
腰を低くして歩いた。小枝がパキパキと音を立てた。その度に緊張が走った。
トラとの距離が縮まる。生唾を飲み込む。そして、また一歩近づいた。
次の瞬間、私は違和感に気づいた。縞模様が動かない。
トラは呼吸をしていなかった。私はトラの背中を撫でた。心なしか冷たかった。
激しい感情を抑えきれなかった。私はトラの背中に抱き付いた。
そして、大声で泣いた。


翌朝、慌てて身支度をした。
走って坂を上った。人ごみをかき分けて歩いた。
今日は、絵描きが音楽に合わせて絵を描いていた。
足を止める人の横をすり抜けた。
自動券売機でチケットを買った。
静かな園内を見回した。昨日となんら変わらなかった。
地味な色の鳥がいて、ゆったりとした雰囲気だった。
私は一息ついてから、トラの檻へと向かった。
分厚いガラス越しにトラの姿が見えた。
「なんだ、生きてるじゃない」
私は、ほっとした。トラの檻を離れて、出入り口へ足を向けた。
その時、若い男女や子供たちの悲鳴が聞こえた。私はとっさに振り返った。
目の前に縞模様が見えた。ガラスに鼻先がぶつかった。
私はただ、目を見開いていた。
夢に出てきたトラだった。冷たくなっていたトラだった。
しかし、今は息をしている。鼻息がガラスを曇らせた。
私はガラスに両手をついた。顔をできるだけ近づけた。
そのうち、カメラを持った観光客に押しのけられた。
いつの間にか私は列の最後尾にいた。私は一人、出口を目指した。


動物園を出ると、男が待っていた。
「ここに来ていると思ったよ」
「どうして」
男は答えなかった。私の手を握った。
男の手は湿っていた。トラの鼻を思い出した。
「ここがそんなに気に入ったのかい」
「いいえ、トラが気になったの」
「ああ、あのトラは君によく似ているよね」
私は、胸の中がすっきりした。
死んでいたあのトラも、生きているあのトラも全部自分のような気がしてきた。




※作品は講義「小説作法実践」で課題自由に沿って書かれた400字5枚の短編です。
文章の美しい素晴らしい作品です。受講生は大いに参考にしてください。
※読みやすいように私・山崎が改行を施しています。

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