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zoom RSS 短編 「月逢(つきあい)」 田中雄太 (二松学舎大学 213A1276)

<<   作成日時 : 2014/11/14 16:53   >>

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短編
月逢(つきあい)
田中雄太
二松学舎大学 213A1276


教室中にチャイムが鳴り響いた。
その音は全身に共鳴して、痺れるみたいだった。
やがて力が入らなくなり、握っていた手紙はぽとりと床に落ちた。
視界は彩度を失くした。
ついさっきまで喧しく鼓動していた心臓が、今は止まってしまったみたいに静かだった。
窓の外に目をやる。眩しかった夕陽は地平線に隠れじりじりと燻っていた。
がら、と音がした。入ってきたのは知らない女だった。
女は恐る恐るこちらに近づいてこう言った。

「     」

女の言葉は声にはならず、口だけが動いた。
ぱくぱく、ぱくぱくと女は何度も口を動かしたが、ひとつも音にはならなかった。
自分はただ女の唇の動きをじっと見つめていた。
女の顔は強張っていた。汗をかき、肩を震わせ、何度も口をぱくぱくさせた。
何度も、何度も。ぱくぱく、ぱくぱく。
自分は、わからないと女に言ったが、女は諦めなかった。
叫ぶみたいに顔を歪めて、何度も何度も口を動かした。
それでもとうとう女の声が聞こえることはなかった。
外の夕陽は完全に落ちきっていた。
その後女はしばらく息を整えていた。汗はひき、震えは止まっていた。
女はおもむろにノートとペンを取り出した。
真っ白なノートに丁寧に文字を書いて、自分に見せた。

「     」

自分には女の文字が読めなかった。
何でそれが読めないのか自分でもわからなかった。
女は何度も文字を書いた。書いては見せ、書いては見せた。
自分にはひとつも読めなかった。女は諦めなかった。
しかし自分には何故か、この方法では女の意思を理解することは出来ないという確信があった。
真っ白なノートは真っ黒になっていた。
とうとう女の文字を理解することは出来なかった。

「ごめんよ。わからなくて」

自分は俯いていた女にそう言った。女はハッとした顔でこちらを見た。
教室のカーテンが夜風に揺れる。窓の外はいつの間にか真っ暗になっていた。

「そういえば、君は何の理由で教室にきたのだ」

自分がそう言うと、女はまた俯いてしまった。
だがしばらくすると、女は暗い教室の隅を指さした。
女の指さす方を見ると、そこにはケースにしまわれたギターが立て掛けてあった。
埃をかぶった黒いケースは、夜の暗さと相まって指をさされなければ気づかないほどだった。
自分は、君の忘れ物かと聞いた。女は黙って頷いた後、薄く笑った。
自分が、そうか忘れ物かと返すと、女はまたハッとしたような顔でこちらを見た。
目が合う。大きな瞳に自分の姿が映っていた。
女はしばらく目を合わせた後、不意にギターの方へと歩みを進めた。
ケースの埃を手で払い、重そうな蓋を開くと白く輝くエレキギターが入っていた。
ベルトを肩にかけてギターを抱える女の姿はなんだか様になっていた。
女は自分の隣に戻ってきて、ケーブルを小さいアンプに繋いだ。
それを机に置き、女は大きく息を吸った。
ティアドロップのピックを握った右手が、震えているのが見えた。

「     」

彼女の唇が動いた直後、彼女のピックが六弦を捉えた。
響く、響くアルペジオ。
爪弾かれた単音は教室中に反射し、次の単音と絡んでやがて和音になった。
小さな音色がアンプを通して大きく響き、その音は全身に共鳴して、痺れるみたいだった。
何もかもが伝わった。
女の背中越しに月が登るのが見えた。
その月が不意にぼやけたと思った辺りからは、女の顔を見ることが出来なくなっていた。
恐らく女もそうだった。
自分は静かに目をつむって、教室に響く音色をただじっと、じっと聴いていた。
目を開ける頃には、視界に彩度が戻っていることに気がついた。
月の白い光が教室に差し込んで明るかった。
顔を上げると、女もこちらを見つめていた。

「     」

女の動いた口の端からは笑みがこぼれていた。
相変わらず音にはなっていなかったが、自分は確かにその意味を理解していた。

「自分なんかでよければ」

そう返事すると、女は声もなく笑った。
白い月明かりの中で、女は笑いながらいつまでもギターを弾いた。
自分もいつまでも女の音色を聞いた。
月はどこまでも登り、やがて地平線が明るくなった。雲の隙間に光が差す。
止まっていたみたい静かだった心臓が、強く鼓動するのを感じた。
朝の陽に照らされた女を見つめて、自分はこう言った。

「     」

口だけ動かした。
言葉にする必要はなかった。女は笑って頷いた。
教室中にチャイムが鳴り響いた。



※作品は講義「小説作法実践」で課題自由に沿って書かれた400字5枚の短編です。
文章の美しい素晴らしい作品です。受講生は大いに参考にしてください。
※読みやすいように私・山崎が改行を施しています。

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