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zoom RSS 短編 「無題」  鈴木里歩 (二松学舎大学)

<<   作成日時 : 2014/11/06 21:24   >>

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短編 「無題」

鈴木里歩二松学舎大学 (213A11088)



金曜夜の駅前は賑わっていた。
飲み会へ向かう会社員の集団に、合コンらしき学生のグループ、
これからデートらしいカップルなど。様々なタイプの人で溢れかえっている。

そんな中を、人と人の隙間を縫うようにして歩く一人の男がいた。
男はスーツの背中を丸めて、居酒屋の勧誘から逃れるように足を進めている。
気だるげに、のそのそと。そのくせ足の動きだけは俊敏なものだから、どこかちぐはぐだった。星が見えるほどに晴れ渡った夜空の下で、男がビニール傘を持っていることも原因かもしれない。
男の存在は、乾いたアスファルトから数ミリ浮遊していた。

「もし」
男が薄暗いガードレール下に足を踏み入れたとき、暗闇の中から声がかかった。
まっすぐ自分へ向かってきたその声に、男は足を止める。
自分の足先を睨みつけていた状態から視線を持ち上げると、手相占の三文字が男の目に飛び込んできた。続いて、大きな白い布がかけられただけの簡素な机が視界に映る。
手相占の字は、机の角に置かれた三角柱のようなものに書かれていた。

机の向こうには和服姿の女が座っていた。
年はわからない。それどころか、長い前髪のせいで顔がほとんど見えなかった。唯一見える口元にはにこやかな笑みが浮かんでいて、一見、穏やかそうな雰囲気を漂わせている。
しかしその一方で、男は突き刺さるような強い視線を感じていた。前髪のカーテンの向こうから、ぎょろりとした二つの目玉が自分を見つめているような、そんな気がした。

「もし、そこのあなた。そう、あなたです」
こちらへ、と女が手招きした。その仕草からして胡散臭い、怪しさ満点だ。
関わらない方がいいとわかっているのに、男の足は自然とそちらへ吸い寄せられてしまう。

「あなた、水難の相が出ていますよ」
「水難の相?」
ええ、と大真面目に頷いてみせる占い師の女に、男はハッと冷たい笑いを投げつけた。
「最近の手相占は手を見なくてもわかるのか」

やはりインチキか、適当なことを言って金を巻き上げるつもりなのかと警戒する男の前に女はすっと手を差し出した。
真っ白な手だ。ふしぎと血管の一つも透けて見えない、のっぺりとした手。マネキンかなにかのようだ。

占い師の女の唇が「手を」とゆっくりと動く。
それに合わせて、男は促されるまま右手を差し出していた。体を操られていると男は感じた。女の声に、魔力でも込められているようだと。
ひんやりとした、陶磁器に似た感触の手がそっと男の手に触れてくる。

「ああ、やっぱり」
手の中を覗き込んで、女はほうと息を吐いた。
伸びきった長い爪が、皺の一つ一つに寄り添うようにして男の手に柔く食い込む。
「こことここに、水難の相が出ていますね」
「どこだって?」
「ほら、この辺りです」
男は自分の手の中を覗き込んだが、女の示す先を見ても他とそう変わらない皺があるだけだった。どこがどう水難を表しているのか、さっぱりわからない。

「頭上には気をつけたほうがよろしいかと」
頭上、とおうむ返しにする。天を仰げば薄汚れたガードレールが見えた。
ぼんやりとした闇の中に浮かぶ、青錆色の鉄骨。あれが落ちてきたら即死だろうなと考えて、しかし、鉄骨は水難ではないなと男は考え直した。

「それ、その傘」
女の声に、男は自分が左手にビニール傘を持っていたことを思い出した。
数日前に会社に置き忘れたものだった。何の変哲もないそれを、男はじっと見つめてみる。
「その傘、うまく活用できるといいですね」
「それって、どういう……」
言いかけたところで、男は右手からひんやりとした感触が消えていることに気付く。

はっとしたときにはもう目の前に占い師の女はいなかった。
それどころか白い布のかけられた机も手相占の三角柱もない。
男は、自分がなにもない空間に右手を差し出していることに気付いて、慌てて手を下ろした。
それから、はてと頭をひねる。寝ぼけていたのか、それとも夢だったのか。
どっちだろうかと考えながらも、やがて男は歩き出した。

ガードレール下を抜けると徐々に辺りが明るくなっていく。
横断歩道まで来たところで、男は赤信号に足を止めた。
信号機をじっと見つめて、あれは一体なんだったのかと思い返す。そしてふと、男はばさりとビニール傘を広げてみた。透明なビニールの向こうには星の瞬く夜空が広がっている。
雨の気配もないのに傘を差す男に、周囲から訝しげな視線がいくつも向けられた。

居た堪れなくなって男は傘を閉じようとした。
そのとき、ビニールの向こうになにかが見えた。なにかが落ちてくる。
思ったときにはもう、男の頭上に大量の水が降り注いでいた。


※作品は講義「小説作法実践」で課題自由に沿って書かれた400字5枚の短編です。
文章の美しい素晴らしい作品です。受講生は大いに参考にしてください。
「描写する」「心の呟きを書くな」のモデルです。

※読みやすいように私・山崎が改行を施しています。

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