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zoom RSS 文化座「旅立つ家族」を観た

<<   作成日時 : 2014/10/20 19:06   >>

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10月12日、
池袋の東京芸術劇場で文化座の「旅立つ家族」を観た。

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書いたのは金義卿という韓国の作家。
演出は新宿梁山泊の金守珍。

物語は、韓国の画家・李仲燮(イ・ジョンソプ)を描いたもの。
李仲燮については下記に簡単に紹介しておく。

作品は、上手に李仲燮の妻(山本方子)が現れ、
いまは亡き夫李仲燮のことを物語っていく形式を採っている。

金守珍の演出は蜷川幸雄の影響が大きいのだろうか、
いかに視覚的に見せていくかしっかり計算されているので
別段何も言うことはないのだが、演劇は俳優である。
俳優でほぼ舞台の出来は決定される。

簡単だ。
俳優がいればあとは何もなくても劇は成立するからである。

文化座のその俳優が正直ひどい。
想定内にはあるものの、ここまで俳優が壊れてるのかと愕然となる。
まるで4トントラックにでも押し潰されたかのように
私はただ客席の椅子に蹲っているほかないのだ。
こう呻き声を発しながら…。

原発処理やフクシマ問題について怒りを露わにしているひとたちは
たくさんいる。
阿部という世にも救いがたい男に怒り心頭に達しているひとたちも
たくさんいる。

なのになぜこんなにひどい俳優たちを見て、
こんなに救いがたい舞台を見て怒るひとはいないのだろう。
5000円も6000円も払っているのに、と…。

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笑われても構わないが、
原発やフクシマ問題、阿部問題とまったく同じように、
この舞台の俳優たちの演技は私にとっては大問題なのである。
死活問題なのである。

だってこの俳優たちの自己批評性のなさは阿部なる男とまったく
同じな訳なのだから。

この歳になると、
何を言ってもわからないひとはわからないのだ、
言うだけ空しい、
いや、言えば言うほど精神的デメージを受けるのはこっちだ、
立ち上がれなくなるのはこっちだ、

ということだけはわかってきたが、
それでも気力を振り絞って言わないと後続の者たちに申し訳ない気持ちに
私はどうしても襲われる。

まったく因果な性格だと我ながら死にたい気分になる。
すっぱり芝居から足を洗えば解決するのかもな。

文化座の俳優の皆さん、一言だけ言っておきます。

あなたがいま喋っている言葉はあなたが書いたものではありません。
金義卿さんというあなたではない「他人」が書いた言葉なんです。
あなたの言葉ではなく金義卿さんの言葉なんです。
そのことがどういうことかわかりますか。

緑魔子という俳優は
かつて一緒にやっている若手俳優にこう言って泣きました。
私は目撃しました。

「私は、私が喋る台詞は、作家が私にくれたプレゼントだと思ってるの。
だから私は、台詞は一語一語、大事に大事に喋ることにしてるの。
みんな、どうしてそう思えないの?」

緑魔子さんは、作家の贈与にたいして
対抗贈与をしようといつも心掛けているということです。

言葉に対する、他人に対する態度がすでにもうみなさんとは
まったく違っているのです。

私は緑魔子さんのような心を持っている者しか
俳優と呼びませんし、尊敬もしません。

俳優の起源は巫女だと古来から言われてます。
巫女とは神です。神の言葉を語る者の謂れです。
神の言葉だから聞くものは、
いまで言えば観客はとてもありがたい言葉だとして聞いた訳ですが、

あなたたちの語る言葉は神の言葉ではありません。
ただのゴミです。

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■李仲燮(イ・ジョンソプ)

1916年に北朝鮮の元山(ウォンサン)の富農家に生まれた。
5歳の時に父親が他界。子供の頃から絵がうまかったと言われている。

1935年、日本へ渡り帝国美術学校西洋画科へ入学。
1936年、文化学院美術科へ入学。ピカソやルオーに心酔。
そこで後に結婚した山本方子に出会う。ちなみに山本方子の父親は
三井財閥企業の役員だったという。

1943年、太平洋戦争が激しさを増し、故郷・元山へ帰る。
1945年、山本方子が韓国を訪れ結婚。朝鮮名は李南徳。

1950年、朝鮮戦争のため家族ともども釜山へ避難。難民収容所で暮らす。
1951年、済州島(チェジュトウ)へ移り住む。
1952年、結核に冒された妻と栄養失調の子供たちは日本へ帰国。
1953年、日本へ渡り家族に再会。1週間ほど滞在。
1956年、食べることを拒みはじめ、清凉里脳病院に入院。退院するが
すぐに西大門赤十字病院に再入院し、栄養失調と肝炎により他界。

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コメント(13件)

内 容 ニックネーム/日時
はじめまして。「旅立つ家族」私も見ました。たしかに40才以下位の役者さんは少し残念な気がしました。なんだか声が後ろの席まで届くことが一番大切なことになってるような・・・。
まつ
2014/10/21 18:41
観ていても、俳優の喋っている言葉がこっちの体にまったく入ってこないですよね。普段はそんなことありえないのに。他人を、観ている観客を無視しているからですが、そうことひとつ考えたことがないんだと思います。演劇界全体の問題でもあるのですが。ありがとうございました。
てつ
2014/10/21 23:38
シェイクスピアシアターの出口典雄氏が同じようなことを言われているようですが、哲さんはシェイクスピアシアターの芝居は観たことがありますか?
たか
2014/10/24 11:43
そうですか。80年代の頃のシェイクスピアシアターは何度か観ていますし、出口さんにも結構お会いしていました。あ、ここにいた頃の佐野史郎の舞台も観ています(笑)。出口さんも同じようなことをおっしゃると容易に想像はつきますが、なんておっしゃってたのでしょう。その発言、どこかのサイトで見れますかね?
てつ
2014/10/25 11:45
シェイクスピアシアターのホームページで稽古日記等を見ることができて哲さんと同じようなことを述べています。
1.お腹から声を出す。
2.文脈をたどる。
のど声で意図的な声を出して作った芝居をしないこと。
文脈をキチンと把握して作者が書いたセリフをキチンと言うこと。
というような事を言っているようなのですが哲さんの感想を聞きたいです。
最近のシェイクスピアシアターの芝居は
まるで能の舞台を観ているかのように静かです。
演出も哲さんと同じように非常に激しいと聞いています。
私にはあまりに共通する点があるので両方の芝居を好きな自分としては哲さんの出口氏に対する感想を聞きたかったのです。
たか
2014/10/25 17:59
そういえばシェイクスピアシアターは原則シェイクスピアしかやらないのに一度夏目漱石の「こころ」を上演してるんですよ。
これも共通していますね。
たか
2014/10/25 18:16
そうですか。まったく同じことを言い、まったく同じ演出をしていると思います。出口さん、厳しい(笑)。よくわかります。私が厳しくするのは一言でいえば、厳しくしないと今の俳優の声が「肚」に落ちないからです。古典芸能をやっている師匠はもっと厳しくて、声が腹に落ちないと高座には上げない。上がるまで下手すると10年かかると言われています。声が落ちないと、文脈を体でたどれないから、のど声で意図的な声を出して作ったクソ芝居ばかりやるからです(笑)。ほとんど現場に時間を取られたため出口さんにも久しくお会いしてませんが、久しぶりに観に行ってみようかな。まだ稽古場は高円寺の方にあるんでしょうか。
てつ
2014/10/26 22:34
シェイクスピアシアターの初期の作品は能に近い舞台でした。私の場合、演出的には鈴木忠志の影響が一番強くて、転位をはじめたころから能舞台をかなり意識して作っています。よく死者と生者に同一平面上で話をさせますが、あれは夢幻能からいただいています。
2年ほど前でしたか、佐野史郎はが見に行き、面白かったと報告してくれました。
てつ
2014/10/26 22:45
今の稽古場は西武新宿線の新井薬師前駅とJR中野駅の間くらいにあります。
今、12月公演のハムレットの稽古真っ只中だと思います。
たか
2014/10/27 09:56
今の稽古場は西武新宿線の新井薬師前駅とJR中野駅との間くらいにあります。
12月公演のハムレットの稽古真っ只中だと思います。

たか
2014/10/27 09:58
そうですか。中野にいる頃私がうろついてたあたりですね(^^♪ ありがとうございました。
てつ
2014/10/27 12:51
『旅立つ家族』を検索して流れついた者ですが、舞台を私も見ていたのでスレッドを新鮮に読みました。どのへんからの印象なのかを読みながら探り、私は舞台を評価していますがきつい場面のあった事を思い出しました。
kawamo
2015/02/26 23:46
(続き)若手男優がスピード感と声量をもって割り入り、去る場面という程度の朧げな記憶ですが、その「脈絡分ってなさ」が半端なく「芝居を壊す」とはこの事?文化座の俳優教育は?否今回初の金演出で齟齬があったか・・そもそも演出通りなのか?など色々想像してしまった。でも型を使って伝えたい情報量を圧縮し感覚的に伝える「演出」の技術は有りと思っており、頑張ってる俳優もいた。問題は「ここ」という所で出し切れない技術ではないか、というのが自説です。
てつさんの俳優批判が、もっと文化座全体の演技に匂うものを指すのか、「これを許すとすれば文化座全体の問題だ」と感じさせたある場面の故のコメントなのか、想像たくましくしましたがやはり絞れず、つい書き込みをした次第。(強いて回答を求めずです)
kawamo
2015/02/26 23:58

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