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zoom RSS 月蝕歌劇団「邪宗門」を見ました

<<   作成日時 : 2014/10/05 23:46   >>

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月蝕歌劇団の「邪宗門」を観に行った。

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場所は南阿佐ヶ谷の「ひつじ座」。

阿佐ヶ谷も久しぶりなので車で行った。
並木路の中杉通りを車で走って見たかったのだ。

私が入団したころ状況劇場は阿佐ヶ谷にあった。
トラックの後ろに乗り、この街を出て、赤テントへ向かい、
そしてまたトラックの後ろに乗り、この街へ帰ってきた。
その時私はいつも中杉通りの並木を眺めていた。
気分がよかったからだ。

そのせいか中杉通りの並木路を通ると、
妙に実家へ帰ってきたような気持ちになる。
その気持ちをまたちょっと味わってみたくて…。

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「邪宗門」
作=寺山修司 演出=高取英 音楽=J・A・シーザー

チラシには「九條今日子氏追悼」とあった。
胸がつかえた。

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九條さんが亡くなったと知ったのは1ケ月も後のことだった。
近年はサイトでニュースを見ることが多い。早くて便利なのはいいが、
記事によってはすぐにどこかへ行ってしまい、
結果、見逃すこともしばしばなのだ。

昔、NHKが「妻が語る作家」という番組を時々作っていた。
何本か私もレポートしたのだが、
寺山修司の企画が出たとき、九條さんに
「山崎さんなら出演してもよい」と言われ楽しみにしていたのだが、
どういう訳か実現しなかった。
残念だった。

九條さんの「ムッシュウ寺山」が私は大好きだ。
九條さんが寺山さんとの話をお書きになっているのだが、
二人の話は60年代から70年代にかけての時代の断面を
鮮やかに刻んでいるので
誰かが映画にしてくれないかなあと切望している。

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(恐山・山崎撮影)

月蝕の「邪宗門」は素晴らしかった。

寺山さんにまた
「山崎はなぜ俺の芝居を誉めてくれないんだよ」
と怒られそうだが、
本家本元の「邪宗門」より感動してしまった。

もちろん天井桟敷の舞台も好きだったのだが、
月蝕の舞台には、
桟敷の舞台にはない俳優の生な肉体が感じられたからだ。
そこがまた高取英の「邪宗門」になっていてよかった。

桟敷と違い「若さ」を感じたと言ってもよい。

少年少女と言うと誤解されるかもしれないが、
寺山さんの作品は太宰治の作品同様、少年少女が
通過儀礼として一度は潜らなければいけない世界でもある。
なので月蝕の俳優のように
若さに満ちたひとたちがやったほうが時に生きるような気が
私はするのだ。

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(恐山・山崎撮影)

俳優たちが寺山の世界を無心に生きている姿も ひどく感動した一因だ。
これだけ全員がひとつの世界を一丸になって生きようとしている舞台も
近年の舞台では珍しいように思う。
そんな多く舞台を観ている訳ではないが。

舞台に集中する俳優たちのその姿は、
演劇の起源を、始まりをさえ思い起こさせた。
そう言ってもわからないひとがいるかもしれないが…。

実際、もうずいぶん前だが、
劇作家協会主宰のシンポジウムで私が、
戯曲にしろ舞台にしろ
演劇の起源を含まないものは認めないと言ったら、
誰もが名前を知っている劇作家連中が なんのことかと
こぞって怪訝な顔をしていたことがあったよ(笑)。

いまの私にはイチイチ説明する気力はない。
わからない人間は説明したって所詮わからないのだと
とっくに諦めているから。

この舞台を観てわかるひとだけわかってくれればいいと思う。
どうしても知りたいひとは
私の「俳優になる方法」を読んでくださいな。

物語は私なりに言えば
「賽の河原」での子供たちのごっこ遊び。
子の寺山さんが母を想い、父を想い、遊んでいる世界。

母殺し、父殺しと言えば言うほど、
殺せなかった寺山さんの姿が偲ばれて
後半、私はどうにも瞼が滲んでしまった。
昔の唐さんの舞台以外、私にはめずらしいことだった。

仕方がない。

若い時分、寺山さんにはずいぶん世話になったし、
おかあさんともよく顔を合わせていたし。
そしてその寺山さんもお母さんも九條さんも
亡くなってしまったのだし。

死とはほんとに「不在」だよな。
寺山さんの言葉が聞こえて来れば来るほど
その「不在」が際立つんだもの。

そのことを痛切に感じさせたのが、
寺山さんのことなどある意味では知らない
この月蝕の俳優さんたちだった。

その意味では私には
この舞台は奇跡的ともいえる舞台だったことになる。

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(恐山・山崎撮影)

「これはこの世のことならず
死出の山路の裾野なる 賽の河原の物語
手足は血しほに染みながら 河原の石をとり集め
これにて回向の塔を積む

一つ積んでは父のため 二つ積んでは母のため
三つ積んでは国のため 四つ積んでは何のため
昼は一人で遊べども 日も入りあいのその頃に
地獄の鬼が現れて 積みたる塔をおしくずす」

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芝居が終わったあと、
たまたま一緒になった大久保鷹さん、牧口元美さん、
そして高取、出演者の新大久保駅(笑)らと飲みに行った。

高取、客席の後ろでビデオ撮影しながら一方で
ライト片手に女優さんを照らす出す演出兼スタッフ、
感動的だったよ。

あれさ、演劇の起源、始まりは(笑)。

新大久保君、なんで乾電池にいたの?
こっちのほうが全然いいじゃん、まったく。
素晴らしい舞台に乾杯♬

高取、
寺山さんも九條さんも
そしておかあさんもきっと喜んでるよ。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
山崎さん、いつも見てますけど、コメントはしばらくでした〜。心の旅も実際の旅も「人に歴史あり」の重さを感じさせられて、「もつけ」なのは私と月見草さんだけだよ〜
(当たり前じゃん)と思いました。…(笑)だけど、だけど、
冗談にでも、私達の仲立ちをしてくれて「3人組」(碌なものが無いのが3人組でもあるけど)に入ってくれてありがとう。それじゃ、○○○○ら。の流れになってしまいそうですが、お互い健康のことも考えて、長生きしたなら、お会い出来る機会も巡ってくるでしょう。「疲れたら休む」を
座右の銘に携えて(山崎さんは分かるけど、太助君はどうしていつも疲れてるのかしら?)少しは長生きしましょうよ。

  きみが歌うクロッカスの歌も                   新しき家具の一つに数えんとする

「映子をみつめる」という文章の中に出てくる短歌の一つでしたね。こんなふうにみつめてもらえる映子さんのその時の幸せが、もちろん寺山さんの幸せが、戻ってると良いですね。先日、実家を片付けていたら「ムッシュウ寺山」の文庫本が出てきました。山崎さんが大好きなこの本を又読んでみようと思う秋であります。
sino
2014/10/12 15:29
ご無沙汰しています。お元気そうで(^^♪ いまの子供、勉強ばかりか部活まで一日中やらされて、これじゃ疲れるの当たり前だと思いますねえ。いまになればなるほど寺山さんたち、ほんとに素敵だったなあと思います。この舞台の演出をしている高取英は寺山さんの弟子みたいな男で、FBで何かと寺山さんの話をしています。そういう時が一番楽しいですね♬
てつ
2014/10/21 23:49

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