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zoom RSS 短編 「こんな夢を見た」  田中雄太 二松学舎大学

<<   作成日時 : 2014/10/03 16:58   >>

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こんな夢を見た

田中 雄太  
二松学舎大学 213A1276


 こんな夢を見た。
 ぬかるむ斜面を踏ん張りながら歩いている。
気付けば腕も足も傷だらけで、擦りむいた膝がじくじくと痛んだ。
降りしきる雨が荷物を濡らして、冷たく重かった。

 いくらか中身を置いていこうと思い、荷物を下ろした。
鞄を探ると先生からもらった成績表が出てきた。
それを地面にそっと置いて、再び荷物を背負った。幾分軽くなった気がした。
 真っ暗な勾配を歩き続ける。きんと冷たい雨が顔を何度も殴った。
肩で息をする。心臓はうるさいほど鼓動しているのに、
身体の芯がまるで冷えきっていた。膝が笑ってしまって仕方がなかった。

 それからどれほど歩いたのだろうか。
また荷物を少し減らそうと自分は鞄を下ろした。
鞄を探ると友人から借りたレコードが出てきた。
それをぬかるむ地面に置いて、再び荷物を背負った。
幾分軽くなった気がした。

 真っ暗な勾配を歩き続ける。
来た道を振り返ってみてもやはり真っ暗だった。
吐いた息の白さえも闇の中では確認出来なかった。
足元だけを見つめてただ歩いた。

 ふと視線を上げると、前方に人影を見た。
ワンピースを着た女がこちらを見つめて立っている。
女はしばらく黙ってこちらを見ていたが、不意に振り返り暗い勾配を登り始めた。
自分も女の後に続いて登った。
頭上には分厚い雲がそびえていたが、雨はいつの間にか止んでいた。

 足場の悪い道にも拘わらず、女は軽快に歩を進めた。
一方で自分は一歩踏み出す度に深く呼吸をしていた。
膝から流れていた血が固まっていた。

「少し待ってくれ」
 自分は女にそう言うと荷物を下ろした。女は黙って待っていた。
中身を探ると家族の写真が出てきた。それを丸めて捨て、再び荷物を背負った。
幾分軽くなった気がした。

「本当にそれを置いて行っていいの?」
 女は丸まった写真を見て言った。 
「荷物が重くて仕方がないのだ」
 自分がそう言うと、女は微かに眉をひそめた。
じっと写真を見つめたまましばらく動かなかった。
自分もじっと写真を見つめていた。
 真っ暗な勾配を歩き続ける。三歩先の女に続いてただただ登った。
自分は腕も足も傷だらけだというのに、
女のワンピースから覗く白い手足は綺麗なままだった。
歩いても歩いても勾配は続いた。踏み出す度に痛みが走った。

 それからどれほど歩いたのだろうか。前を歩く女に声をかけた。
「少し待ってくれ」
 女はまた黙って待っていた。
荷物をおろして中身を探る。もう随分と物を置いてきたなと思った。
出てきたのは姉からもらったミサンガだった。
自分はそれを乱暴に引きちぎって、来た道の方へ投げ捨てた。

「本当に捨ててしまってよかったの?」
 女はミサンガを投げた方の暗闇を見て言った。
「重かったのだ。あれは特に重かった」
自分はそう言って荷物を背負い直した。幾分軽くなった気がした。そんな気がした。
「荷物、どんどん失くなっちゃうね」
 女は荷物の減った鞄を見つめて言った。
「君の方こそ何も持っていないじゃないか」
 自分は苦笑いしながら女にそう言った。
すると女は斜面の方へ顔を向け、微かな声で言った。
「私は全部落としちゃった」

 とても小さな声だったのに、自分にははっきりと聞こえた。
自分はそうか、身軽そうでいいな、と答えた。
女は何も言わず、再び斜面を歩き始めた。
真っ暗な勾配を歩き続ける。足はまるで他人の物のようで、
自分の言うことを聞かなくなっていた。
倒れこむ。立ち上がる。また倒れこむ。そうやって進んだ。
倒れる度に女は黙って待っていた。

 何度倒れた頃だったか分からないが、ある時ふと女が言った。
「どうしようもないのに、どうしようもないよね」
それでも、と女は言葉を続ける。自分は立ち上がった。
女を見ようとしたその時だった。
そこには光があった。闇しかなかった勾配はいつの間にか終わっていた。
分厚い雲間が切れて、白い光に目をつむった。風が吹く。花が咲く。
そこには何もかもがあるようだった。濡れた頬は雨のせいではなかった。 

気が付くと女の姿がなかった。
ああ、そうか、と自分は思った。
「どうしようもないのに、どうしようもないのだ」
青すぎる空に、それでも、と叫んだ。


※作品は講義「小説作法実践」で課題に沿って書かれた400字5枚の短編です。
文章の美しい素晴らしい作品です。受講生は大いに参考にしてください。
「描写する」「心の呟きを書くな」のモデルです。

※読みやすいように私・山崎が改行を施しています。

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