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zoom RSS 「二十四時間の情事」_1 (1959) フランス/日本

<<   作成日時 : 2014/08/24 17:47   >>

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[1059]アラン・レネとマルグリット・デュラスは「ヒロシマ」をどう捉えたのか ★★★★★★

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アラン・レネの1959年度作品。台本はマルグリット・デュラス。
原題は「HIROSHIMA MON AMOUR」(ヒロシマ・モナムール)

8月15日の終戦記念日に観ようと思い、持参し、伊豆で観た。
私にしてはめずらしいことだが、とても愛着のある作品だからである。
ひどく個人的で、また複雑な愛着なのだが。

作品じたいの評価は、世評と違い私の中ではそう高くない。
物語に違和感が強すぎるからである。

事の始まりは、レネ監督の短編製作を支えてきたアルゴス・フィルムが、
大映の永田雅一が日仏合作映画を作ろうとしていることを聞きつけ、
日本市場への参入と長編映画製作という目的を実現するためだった。

レネは当初、広島を舞台にした反戦ドキュメンタリーを撮るつもりだったが、
1人の女性を語り部にして2つの物語を同時進行させる構成を思いつき、
そのアイデアをもとにヌーヴェル・バーグ作家、マルグリット・デュラスに
脚本を依頼したのだという。

依頼などせずに当初のまま行けばよかったのに、と思う(笑)。
愛の物語と「ヒロシマ」を強引に重ねること自体にそもそも無理があった、
と私が思っているからである。

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物語はこうである…。

フランスの女優が反戦映画に出演するため広島を訪れる。
女優を演じているのはエマニュエル・リヴァだが、
自分の名前を言っていないのでとりあえず「女」と呼ぶことにする。
女は偶然知り合った広島の男となぜか気が合い、「24時間の情事」に陥る。
この男にも名前が与えられていないのでたんに「男」と呼ぼう。

女にはパリに夫と子がいる。男は建築家でやはり妻を持つ身なのだが、
いま雲仙へ行き留守なのである。演じているのは岡田英次だ。

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違和感の始まりは、
私にはどうしてもこの女と男が惹かれあっているようには見えないことだ。
この問題は絶対に見過ごすことができない(爆)。
夜の町で女を買ったり男を買ったりするという話ではないのだから。

女はわかる。ひとを好きになる、恋をするという時の情感が
身体的によく表れているからである。観ていて感じるからである。

しかし男はそうはいかない。どちらかと言うと
男のほうが女にベタ惚れして女をストーカーするという話なのだが、
ほんとに惚れたのかよ、と疑いたくなるほど恋する気持ちが
身体に滲み出てこないからである。
私は現実でこんな男など見たことがない(笑)。

岡田英次が嫌いな訳ではないが、これではやはり伊豆で観た
「危険な関係」でのチャン・ドンゴンと背比べだよね(笑)。

恋愛物語なはずなのに通い合う情感を感じ取れないから、
結局、この映画(物語)は図式として読み取っていくしかなくなる。
頭脳的な作業ばかりを強いられてしまうことになるのである。

その意味ではいかにもそれを「知」として最大限に評価する、
私から言えばひどく悪しきフランス映画だよなということになるのだ。

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女がこの広島の男に惹かれるのは、じつは
彼女にけして忘れることのできない恋愛体験があるからである。
美しい川(ロアール川)の流れる故郷、フランス・ヌーブルでの体験である。

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第二次大戦時、18歳のときのこと。
彼女は、フランスへ侵略、占領していた敵兵ドイツ人の男と恋に落ち、
家族や街の人たちの視線を逃れて逢瀬を重ねていた。

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そしてある日、駆け落ちしようとロアール川河畔で待ち合わせるのだが、
駆けつけると、ドイツ兵は街のひとたちに銃撃されていて、
彼女の目の前で死んでしまう。彼女も敵に身を売った裏切り者として、
非国民として街のひとたちに囲まれ、頭を丸刈りにされる。
フランスが解放される直前の日の出来事だ。

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辱めを受けた彼女はそのあと心神喪失状態に陥り、父親に自宅の地下室へ
監禁されてしまうのだが、

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20歳の夏、母親の勧めで故郷を離れ、ひとりパリへと向かう。
そしてパリに着いて2日後、彼女は広島のニュースを耳にした…。

女のこの「ヌーブル体験」はいかにも作家の考えそうな物語であり、
実際これに類する出来事は古今東西、世界の各地で起きているだろうな
と思う。
なのでここまではいい。よくわかるのだが、この話を強引に
「ヒロシマ」と結び付けようとするから奇妙なことになってしまうのだ。

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映画はじつは、女と男が裸で情事に耽るシーンから始まる。
裸といってもただの裸ではない。全身「灰」に覆われた裸=皮膚である。

この灰は「ヒロシマ」の原爆灰を表わしていると同時に、
女が自分のヌーブル体験を灰にしたことを、記憶の中へ封印したことを
表わしている。

ヌーヴェル・バーグ派に言わせると
表現主義的映像ということになるのかもしれないが、
私に言わせればただの図式であり、視覚的説明にすぎない(笑)。

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この灰は溶解し、女と男のごく普通の素肌になっていく。
つまり女が自分の中に封印してきた「ヌーブル体験」を
広島の男との情事によって蘇らせていくのである。
過去が蘇ってくるのである。

封印とは、過去の体験を忘れていたということではない。
これまで誰にもその体験を一切語らずにきた。
そうすることでその体験をなによりも大事にしてきた。
強く記憶し、保存してきたということである。

言いかえると
傷はいまだ癒えず、体験に囚われているということなのだ。

一見難解そうなこの物語を私なりにわかりやすく書き変えるとこうなる。

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女は反戦映画を撮るために広島を訪れた。
そうして広島の街中を流れる川(太田川)を見、ロアール川の流れる故郷、
ヌーブルを思い出した。

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広島平和記念資料館で被曝の遺品や、

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被曝の様子を描いた写真や映画を観たり、

※被爆直後の惨状を伝える資料映像には、
関川秀雄監督の「ひろしま」(1953年)が使われていて、加藤嘉、月丘夢路、
山田五十鈴らの顔が見える。映画にはじつは岡田英次も出演している。


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撮影中の反戦映画の1シーンであるデモ隊に巻き込まれたりするうちに、
戦争を思い出し、「ヌーブル体験」を思い出したのである。

ちなみに女にヌーブル体験を思い出せるために、
ひどく露骨な仕掛けまで施してあったりする。

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デモ隊の掲げるプラカードになんと日本語版とフランス語版があるのだ(笑)。

劇中の反戦映画をフランス人が撮り、フランス人に見せるために
フランス語版プラカードを掲げた訳ではない。
女に「ヌーブル体験」を思い出せるために用意されたプラカードであり、
そしてまた波状デモなのだ。
レネさ〜ん、と言いたくなるよねえ、私は(笑)。

ともあれこうした光景に触れることで
封印してきた記憶が生々しく蘇り、今現在へと侵食してくる。
14年前の「ヌーブル体験」が現在化するのである。

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当然、川岸にかつて愛し合ったあのドイツ兵男が現れる。
女は駆け寄る。
女と男は川岸の粗末な小屋や廃墟などで人目を忍びはげしく愛し合う。

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そうして気づくと女の目の前で眠っている男は、
どこで出会ったのか、あるいはどこで拾ったのかしらないが、
女がどこかあの恋人ドイツ兵に似ていると感じた広島の男だった。

家族や街のひとたちの目を忍んでドイツ兵と恋をしていたように、
ホテルや、旅館や、妻が留守中の男の家で、
女は人目を忍んで広島男と「情事」をしていた…、ということになる。

わかりやすいでしょ?(笑)

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ドイツ兵。日本「ヒロシマ」の男。同じように連合国フランスの敵兵。
広島男の家族はかれが出兵している間に被曝し、全員死亡。
つまりドイツ兵同様、戦争の傷を負ってるという訳だ。

なんだかめちゃくちゃ都合のいい、しかも強引な重ね合わせ(図式)だよなあ
と思うのは私だけなのだろうか(笑)。

ついでながら広島の男は家族を原爆で亡くしたはずなのに、
その傷や悲しみを背負っているようには私にはとても見えない。
「ヒロシマ」の男とは思えない。不思議だあ(笑)。

「手」について少し補足しておこう。

冒頭「手」の映像で始まるように、劇中しばしば「手」が映像化される。
ドイツ兵との恋をもっともよく記憶しているのは女の「手」だからである。
抱きしめ合った時のドイツ兵のからだ、互いの愛の深さはすべて
女の「手」に刻み込まれているという訳だ。

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父親に地下室に幽閉された時、女はしばしば爪で壁をひっかき、
爪から噴き出す血を舐めるのだが、
それは恋人ドイツ兵をいちばんよく憶えているのは手であり指なので、
そこから噴き出す血を口に含むことで亡き恋人を想い、
自分を慰めているのである。実際、女もそう語る。

当然、広島男を手で抱きしめている時、
女はじつは広島男を抱きしめているというより、初恋の相手ドイツ兵を
抱きしめていることになる。
広島男は鈍感なためそのことに気づかないのだが(笑)。

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真昼のヒロシマ情事が終わり、夜が訪れる。

男は言う。君を好きになったのは「もの憂」で男の気をそそるからだ、と。
私は恥ずかしくてとてもそんな台詞は書けないが、
そのため男は質問魔になる(笑)。
女がもの憂なのはなにか秘密を抱えているからに違いないと、
女の過去を執拗に聞きだそうとするのだ。

女は「いやだ」と言いながらも聞かれるままに話しはじめる。
すでに紹介したあの「ヌーブル体験」を。
ロアール川河畔で恋人ドイツ兵といつも話をしていたように、
広島太田川の川沿いのバーで、男に。

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広島男はようやく理解する、
女が自分を選んだのは初恋の相手のドイツ男に似てるからなのだと。
そして要求する、
「もっと、もっと!」と、似てると言われたドイツ男に成りきり(笑)。

話すうちに女も次第に興奮し、とりとめもなく喋りはじめる。
かつて愛し合ったドイツ兵にこれまでの想いの丈を喋るかのように。

すべてを話し終えた女は最後ほとんど絶叫する。
「わかるかしら、初恋だったの!」と。
と、突然、男はいかにも男らしい男に、日本男子に変貌し、
女の頬をバチバチーンと平手する。

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店内にいた日本人たちがみな何事かと驚き振り返る。
私は、大丈夫かなあ、この広島男、人格分裂してるぞ、と心配になる(笑)。

まあはやい話、女が完全にあっちの世界へ、過去へ行ってしまったので、
平手を打って現実に引き戻した訳だが、観るたびに、
こら、私の大好きなエマニュエル・リヴァをぶつな!と言いたくなる(笑)。

そして、明日、日本を発ちパリへ帰るという女に懇願する、
このまま日本に残ってくれ、と。が、女は首をタテには振らない。

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女は男と別れ宿泊先のホテルへ帰るが、階段と部屋を往復したあと
「夜」の街へ出、ひとり異国の街へ、「眠らない」広島の街へと引き返す。

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平和公園の一角にある被曝記念資料館を潜り抜け、

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ついさっき酒に酔いながら広島男に「ヌーブル体験」を語った
バー「どーむ」へと戻り、呟く。
「広島に残るわ。毎晩彼と会うわ。広島で。私は残る、この町に」と。

いくらなんでもバー「どーむ」の看板はやめてよ、レネさあん、
と、こういう所にも私はちょっとあざとさ、違和感を感じる(笑)。

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と、そこへ突然、またもやストーカー広島男が現れ、迫る。
「広島に残ってくれ」と。この男、恐ろしく耳もいいのか(笑)。

実際にはこの広島の夜の世界は、彼女の夢の世界のようなもので、
彼女自身がこの男を呼び寄せているのだと思えばいいのだが。

女は返す。「もちろん私は広島に残るわ、あなたと」
と、そう言いながらも女は男を返す。

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ちなみにこのバー「どーむ」は、女がドイツ兵とはじめて逢引した
ロアール川沿いにある「小屋」と二重写しになっている。
女はあの思い出の小屋へ行き、男に、あのドイツ兵に語りかけているのだ。
「ここに残るわ。毎晩あなたと会うわ。ここで。私は残る、ここに」
「もちろん私はここに残るわ、あなたと。愛する初恋のあなたと」と。

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そう言ったはずなのに女はなぜか、
明けない広島の「夜」の街をひとりうろつきはじめる。

と、またもやストーカー広島男が忍者のごとく現れ、声をかける。
「一緒に広島にいてくれ」 
く、くどすぎ! と私は失礼ながら世界のレネさんにそう思う。

この男は女にとって初恋の相手ドイツ兵として現れたり、
また情事の相手広島の男と現れたりしなければいけないので、
出没頻繁なのも仕方がないと言えば、まあ仕方ないのだが(笑)。

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女はうろつく、広島の「夜」を。

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うろつく、明けることのない広島の夜を。

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うろつく、故郷ヌーブルの街を。

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女は気づいたのだ。
これははじめからすべて自分が望んで仕組んだことなのだ、と。

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広島に来ればきっとあの初恋の恋人、ドイツ兵に会える。
会えたらかれの目の前で別の男と不貞をしよう。
広島の男と24時間だけの不倫を、「情事」をしよう。恋をしよう。
そうすればあのひともきっと私の前から去っていくに違いない。

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そうすれば私もあの「ヌーブル体験」を忘れられる。
忘れないと私はもう明日を生きられない…。

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そう。そう思って全部私が仕組んだことなのだ、と。

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いや、女ははじめから
そうした自分に気づいてやっていたと言っていいかもしれない。
あの「ヌーブル体験」を忘却のほうへ押しやり、
美しいローベル川の流れる故郷のヌーベルの街へ帰りたい、と願い…。

女が広島男に「ヌーブル体験」を話したのもそうだ。
じつは男にせがまれたから話したのではなく、自分が話したくて話したのだ。
すべてを。話すことで「ヌーブル体験」の記憶を忘却したかったのである。

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でも…、と女は告白をする。

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無理。できない。
私はあなたの目の前で情事をしたのに、あなたは私のもとを去らない。
気づくと目の前にいる。いつも私の目の前に現れる。

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私もあなたを求めてしまう。この「手」が求めてしまう。
あなたを忘れられない。忘れることができない…。

そう告白する。二人の男に。

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   ある日その眼もないところで 彼女は死ぬ
   ヌヴェールの少女は
   ヌヴェールの尻軽娘は
   ある日その手もないところで、彼女は愛することの不幸を想う
   何者でもない少女は
   ヌヴェールでの愛の死は
   ヌヴェールの丸刈り娘よ 私はあなたを今夜忘れてしまう
   値打ちのない物語よ
   彼と同じように 忘却はあなたの眼から始まる
   同様に
   それから 彼と同じように 忘却はあなたの声を捉える
   同様に
   それから 彼と同じように 忘却は完全にあなたを支配する 
   少しずつ あなたは歌になる

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そう思っていたのに…、と、女は告白する。
私の「夜」はけして明けることはない、私の「ヌーブル体験」は。
この眠らない街「ヒロシマ」と同じように。
明けることのないこの「ヒロシマ」の夜と同じように、と。

告白する。二人の男に。すべてを。
うろつきながら。広島の夜を。

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彼女は眠れない。眠らない。14年前のあの日から。

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そうしてそのまま朝が訪れる。
女は広島を発つべくホテルへ帰った。


※ 二十四時間の情事_1
※ 二十四時間の情事_2
※ 二十四時間の情事_3

※ 二十四時間の情事_4

※ 二十四時間の情事_5


■91分 フランス/日本 ドラマ/ロマンス
監督: アラン・レネ
製作: サミー・アルフォン 永田雅一
原作: マルグリット・デュラス
脚本: マルグリット・デュラス
撮影: サッシャ・ヴィエルニ 高橋通夫
音楽: ジョヴァンニ・フスコ ジョルジュ・ドルリュー
出演
エマニュエル・リヴァ
岡田英次
ベルナール・フレッソン
アナトール・ドーマン

独軍の占領下にあったフランスの田舎で、敵兵と密通して断罪された過去を持つ女優が、ロケのために広島を訪れ、日本人の建築家と一日限りの情事に耽ける。そして知る、広島の悲劇。時あたかも8月6日。原水禁運動を背景に、二人の孤独な会話が続く……。
焦土から奇跡の復興を遂げたその町は、死の影を決して忘れることはない。夜を縫うS・ヴィエルニのカメラの怜悧なこと。意識の流れ的手法で、大戦の中での個人の苦渋を余すことなく語ったM・デュラスの脚本を、完璧に映像化したレネの最高傑作だろう。

 
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