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zoom RSS 「二十四時間の情事」2 (1959) フランス/日本

<<   作成日時 : 2014/08/25 17:44   >>

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アラン・レネとマルグリット・デュラスは「ヒロシマ」をどう捉えたのか

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女はホテルの部屋へ入り、ドアを閉める。

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しかし女には聞こえる、追ってくる男の足音が、廊下に。
私は逃れられない。私の夜は永久に明けない…。
女はそう思いドアを開ける。

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男が現れる。

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女はベッドへ行き腰を下ろす。
男が女の前に立つ。
女は突然、目の前の男を見上げ、絶望的な声を投げつける。
「あなたを忘れる。もう忘れたわ。見て!」と。

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と、男がすぐに女の両腕を握りしめ、止めた。
瞬間、女は目の前に「奇跡」を目撃する。

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目の前の男を覆っていた「灰」が溶解し、

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男の素肌が、素顔が現れたのである。
まったく見たこともない、新しい男の顔が。
でも私は知っている、この男を。この手の感触は、たしかに…。
そう思い女はかすかな声で目の前の男に尋ねる。

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「ヒ・ロ・シ・マ?」

どこまでも行っても「灰」に覆われていた広島の男の顔が、
灰が溶解し、はじめて直接的な顔として女の目の前に現れたと言ってもよい。

男は手のひらを当て、女の震える唇をとめてやる。
女はもう一度尋ねる。小さいけれど、しっかりとした声で。
「ヒロシマ? あなたの名前」

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男は答える。「そう。僕の名だ」 
そうして続ける。

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「君の名前はヌベール。フランスのヌベール」

女はようやく14年間囚われていた「ヌーブル体験」から解放されたのである。
傷が癒え、新しい愛へ、生へと踏み出したのである。

物語は終わる。何の感動もなく。
少なくとも私には。女の「ヌベール体験」を除いて…。
しようがない、ほんとうのことなんだから(笑)。


癒えるはずがないと女が思っていた心の傷はなぜ癒えたのか。
分析学的に言えば、女が14年間封印してきた「ヌーブル体験」をはじめて
他人に語ったからである。そのすべてを。
ひとつひとつの出来事を鮮明に思い出し、つぶさに、残らず。

ばかりか、その封印の裏に隠されていた自分の心を、
忘却して新しく生き直したいという気持ちをドイツ兵に、と同時に
自分に洗いざらい告白したからである。

そうすることで女はようやく自分を明らかにすることができた。
不安定だった女の無意識が安定の方向に向かった。
つまり癒えたということになる訳だ。

しかしそうした理屈をこねると、このフランス映画が
「知」として優先させる図式と理屈に同調してしまうことになるので、

理屈も何もない。突然「奇跡」が起きたのだ。神様が可愛そうにと思い
彼女の心を癒してあげたのだ、と私は解釈したいのである(笑)。
イエス様はそんなに優しいひとではない、と思っている部分もあるのだが。

もう少し言っておくと、広島の男は「情事」の相手ではなく
患者の告白を聞いているカウンセラーだったというお話なのだ、これは。
なので岡田英次の身体に愛の情感が滲み出てこないのも仕方ないのだが、

しかしカウンセラーの場面を90分も見せられてどうする。観て、
こっちも癒されるのならともかく! と私は文句言いたくなってしまうのだ(笑)。

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とはいうものの、
エマニュエル・リヴァを見ているだけで気持ちが癒されるのも事実なので、
私は複雑な気分になるのだ。ほんとうに素敵である。 
過剰にお芝居をやらされて可愛そうにもなるのだが。

ひとりの人間はなにもせずただそこにいるだけで、
作家が頭をひねって創る物語をゆうに超えてしまう物語を持ち、
そしてそれ自身ひとつの表現になっている。
彼女のような俳優を見ていると私はますます自信をもってそう言いたくなる。

彼女でこの映画を撮りたいと思ったのはレネ監督自身なので、一層、
レネさあん、彼女をただ広島の街に、川辺に立たせるだけで「ヒロシマ」が
撮れたはずなのに、と私はすこし残念なのである(笑)。

俳優を志す者は演技など忘れて自分に自信を持つべきである。
過剰な自信は絶対禁物だが(笑)。


しかし…、ばかりになってしまうが、

「オカダ? あなたの名前」
「そう。僕の名前はオカダ。君の名前はリヴァ」(名前は任意)

にしないのだろう、ごく普通に。
そのほうが自然なのに、レネとデュラスはなぜ傷も癒えたはずの女に、
そして男に、最後まで「ヌベール」と「ヒロシマ」を背負わせたのだろう。
とても個人が背負えるはずのない重い十字架を。
残酷だよなあ、フランス知識人は、と私は思う(笑)。

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レネとデュラスが「ヒロシマ」を書き、「ヒロシマ」を撮りたかったからである。
ほかに理由は考えられない。
「広島を舞台にした反戦ドキュメンタリーを撮る」「日仏合作として撮る」
というのがそもそもの始まりなのだから。

反戦映画という意味ではすでに女の「ヌベール体験」(物語)が
ひとつの素晴らしい反戦物語に、反戦映画になっている。

フランス女と敵兵のドイツ兵が恋に落ちたのは、
恋愛=対幻想はほんらい戦争や国とはなんの関係もない事柄だからである。
平静、ひとはそんなことは誰もがよくわかっている。

たとえば学生のデモ隊を
棍棒で殴りつけて重傷を負わせたひどい警官がいたとする。
当然私は思うよね、こいつ人間じゃねえ、叩き斬ってやろうかと(笑)。
でも一方ではちゃんとわかってる。

こんな男でも好きな女性がいたり、女性に好かれたりするんだろうな。
あるいは家では妻や子供たちに優しいいい旦那さんかもしれないよな。
人間、そういうことあるよな。
だから殺したいと思っても殺せる訳がないよな、ということが(笑)。

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ところが戦争などといった非常事態になると、
恋愛に耽っている場合かと、ひとは何よりも戦争や国の問題(共同幻想)を
最優先させようとする。

戦中の日本人はもとより「自由平等博愛の精神」を標榜する
世界のフランス人だってそうする。
放っておくとどこの国の人間だって間違いなくそうする。

ドイツに自国フランスを、ヌベールを侵略・占領された街のひとたちが
敵国のドイツ兵を射殺し、女を非国民として捕え頭を丸刈りにしたように。

父親は仕方なく辱めをうけた娘を地下室に幽閉するのだが、
女はその地下室で発狂したかのように叫ぶ、亡き恋人ドイツ兵の名を。

吉本隆明の言葉を借りて言えば、
共同幻想と対幻想とが衝突、逆立している光景なのだが、

女が地下室で亡き恋人ドイツ兵の名を叫ぶこと自体がすでに
これ以上はない立派な「反戦」になっているのだ。
だから私も「ヌベール体験」(物語)には感動するのである。

愛は絶対に共同性を背負わない。戦争とは相いれない。
対幻想と共同幻想は対立する。衝突する。
その意味では愛(対幻想)こそが唯一「反戦」の信じられる拠り所なのだ。
そのことがとてもよく描きだされている、と。

しかし、次の段階になると途端に私に大きな違和感が生まれる。

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女が広島で語るのは
ほとんど喪った恋人ドイツ兵のことばかりなのである。
まだ少女とも言える18歳、しかも「初恋」だったので
そのショックの大きさは計り知れないものがあるとは思うのだが、

しかし喪ったのはヌベールの街のひとたちに射殺されたからであり、
彼女自身も非国民として頭を丸刈りにされ、自分の家とはいえ
地下室に幽閉され、心身を喪失し、あげく最後はヌベールから追放同然に
パリへと出た身なのである。

なので彼女の「ヌベール体験」の核にあるのは、
ヌベールの街のひとたちとの関係だと考えるのが私にはごく普通のような
気がするのである。

彼女は「ヌベール体験」を記憶の中に封印した。
初恋の亡きドイツ兵が忘れられないからでもあるが、核心は
かれを射殺したヌベールの街のひとたちを許すことができないからだ。

彼女は故郷のヌベールを愛している。帰りたいと思う。でも帰れない。
ヌベールの街のひとたちをまだ許すことができないからだ。
14年経たいまでもまだ許せない。だからまだ帰郷できない。

そう考えるのが普通なんじゃないかなあと思うのである。

しかし彼女が語るのは亡き恋人ドイツ兵とのことばかりで、
かれを射殺した街のひとたちについてはほとんど触れないのである。
少なくとも直接的には、街のひとたちにたいするその心を語らない。

なぜなのか私にはどうしてもそのことが理解できない。
強い違和感を覚える。

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彼女はドイツ兵との初恋を忘却したいと思っている訳だが、
だとしたら街のひとたちを許すことができない限り忘却などできないだろう
と私は思う。

でもそのことは問わない。問われない。なぜなんだろう。
そのことが問われない限り「反戦」の問題は出てこないはずなのに。

彼女はかれを射殺した街のひとたちのことは何とも思ってないのか。
戦争中だし仕方ないと思ってるのか。自分が悪かったと思ってるのか。
まさかね(笑)。

彼女が負っている心の傷の問題で言えば、

ヌベールの街のひとたちが…、
ごめんなさい、私たちが間違っていました。
戦争中で異常な状態に追い込まれ、やってはいけないことをしました。
深く反省をしあなたに謝ります。こういうことが二度と起こらないように
私たちは「反戦」に尽力をつくします。
と、心から謝らない限り彼女の傷はけして癒えないと私は思うのである。

そう謝っても彼女が街のひとたちを許し、心の傷が癒えるかどうか
実際にはひじょうに難しい問題かもしれないのだが。

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直截に言おう。

デュラスもレネも「ヌベール体験」(物語)を拵えておきながら、
なぜヌベールの街のひとたちの、ひいては祖国フランスの「戦争責任」を
問わないのか。私はそのことがどうしても解せないのである。

「ヌベール体験」(物語)を書いたのだから、
事件を起こしてしまったヌベールのひとたちの、ひいては祖国フランスの
「戦争責任」を問わずして「反戦映画」も「ヒロシマ」もないだろう。

事件で負った女の傷や苦しみを、心を描いたことにはならないだろう。
はっきり言うが二人とも問題をすり替えてしまっていないか、
と私は思うのである。

この映画を「反戦映画」だ、素晴らしい映画だと称えるひとは多いが、
私がいま書いていることを問うたひとに私はまだ出くわしたことがない。
当時のヌーヴェル・バーグ称賛派の連中はどうだったのだろう。
侵略国ドイツには問うても自国で起きた出来事について問うつもりはない
のかな? 仕方がない出来事ですましたのかな?(笑)

問うたひともいて私が知らないだけかもしれないが、
私はほんとうにそのことが不思議で不思議で仕方がない。

「最初の人間」でカミュについてすこし触れたが、
もしカミュがこの物語を書いたとしたらかれは間違いなくそのことに触れ、
苦悩しながら書いたはずである。
「歴史を作る側ではなく歴史を生きる側に身を置いた」作家だから。

ラストシーン、女が男の名を「ヒロシマ」呼び、
男が女の名を「ヌベール」と呼ぶことについて触れておけば、
愛(対幻想)は共同幻想と逆立するのだから、女と男に
「ヒロシマ」「ヌベール」といった共同幻想を背負わせるかのような
名(冠)をつけるのは、相応しくないのではないかという違和感である。

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誤解されないようにしておきたいのだが、だからと言って私は別段
この作品を批判している訳でもなければ、つまらない映画だと言っている
のではない。反対である。

たとえうまく行かなかったにしろこの作品は様々な問題を投げかけていて、
私にたくさんのことを考えさせてくれた。
とてもいい映画だ、だからこそ私の原点とも言える映画になった。
私はこの映画に強い愛着を覚えるようになった、ということを言いたいのだ。

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デュラスについてすこし触れておこう。

彼女は広島の原爆ニュースを
はじめて新聞で読んだときのことについて書いている。

「わたしは思い出す、1945年8月10日のことを。
わたしと夫はアヌシー湖に近い収容所の家にいた。
ヒロシマの原爆を報じる新聞の見出しを読んだ。
急いでその施設から外に出た。
道路に面した壁に寄りかかり、そのまま立ったまま気を失った。
それから私は生涯、戦争について書いたことはない」

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彼女は第二次大戦中、ミッテラン(のち仏大統領)の下で
夫のロベールと共にレジスタンス運動に身を投じる。
その夫と妹がゲシュタポに逮捕され、夫は収容所で終戦を迎える。

「アヌシー湖に近い収容所」とは、
そのとき彼女と夫ロベールが収容されていた家のことだが、

広島への原爆投下を報じた新聞の見出しを目にすると急いで外に出、
「道路に面した壁に寄りかかり、そのまま立ったまま気を失った」
という彼女の一文に接したとき私は心が震えたものだ。

このとき彼女は「ヒロシマ」に「アウシュヴィッツ」の光景を見たのだと
私は思っている。そして瞬間こう思ったのではないかと。

ナチス・ドイツはアウシュヴィッツでユダヤ人を大量虐殺した。
今度はそのナチス・ドイツに抗しているはずの連合国・アメリカが、
ヒロシマで同じことをした。
ヒロシマにアウシュヴィッツを作りだしてしまった。
私はいったい何のために戦っているのだろう、と。

そう思った瞬間、彼女は、
デュラスは立ったまま気を失った…。

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この脚本には
デュラスの若い頃の恋愛体験と戦争体験がよく描かれている。

彼女はフランス領インドシナ(現ベトナム)のサイゴンで生まれ、
少女時代に華僑の青年と恋をした。(「愛人ラマン」)
ヌベールの少女とドイツ兵の恋愛はその体験を彷彿させるし、

少女が街のひとたちに頭を丸刈りにされたあと、
自宅に、そして自宅地下室に幽閉される出来事は、
彼女の収容所体験を彷彿させずにはいないのである。

その流れで言うと、
広島の男(岡田英次)という一人の人物が、
女に亡き初恋の相手ドイツ兵に見えたり、広島の男に見えたりするのは、

デュラスに「ヒロシマ」と「アウシュヴィッツ」が瞬間重なって見えた
上記の収容所での体験を描こうとしているからではないか、
と私はときに深読みしたくなることがある。

「初恋のドイツ兵=広島の男」
「ロアール川のヌベール=太田川の広島」
「アウシュヴィッツ=広島」
「ドイツ=連合国アメリカ・フランス」


補足)
私が学生のころ(1960年代後半)、サルトル、カミュ、デュラスをはじめ、
海外文学はさながらフランス文学花盛りといった雰囲気だったので、
私も当然であるかのようにデュラスを読んだ。


※ 二十四時間の情事_1
※ 二十四時間の情事_2
※ 二十四時間の情事_3

※ 二十四時間の情事_4

※ 二十四時間の情事_5


■91分 フランス/日本 ドラマ/ロマンス
監督: アラン・レネ
製作: サミー・アルフォン 永田雅一
原作: マルグリット・デュラス
脚本: マルグリット・デュラス
撮影: サッシャ・ヴィエルニ 高橋通夫
音楽: ジョヴァンニ・フスコ ジョルジュ・ドルリュー
出演
エマニュエル・リヴァ
岡田英次
ベルナール・フレッソン
アナトール・ドーマン

独軍の占領下にあったフランスの田舎で、敵兵と密通して断罪された過去を持つ女優が、ロケのために広島を訪れ、日本人の建築家と一日限りの情事に耽ける。そして知る、広島の悲劇。時あたかも8月6日。原水禁運動を背景に、二人の孤独な会話が続く……。
焦土から奇跡の復興を遂げたその町は、死の影を決して忘れることはない。夜を縫うS・ヴィエルニのカメラの怜悧なこと。意識の流れ的手法で、大戦の中での個人の苦渋を余すことなく語ったM・デュラスの脚本を、完璧に映像化したレネの最高傑作だろう。

 
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初めまして。むーと申します。
この映画に興味を持ち、ブログ検索をしておりましたら、
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個人的には、広島男はフランス女にしか見えない幽霊のような存在ではないかと思いました。突然現れては突然消えるという事を繰り返し、ニタアという笑い方をしたり突然振る舞いが大げさになったりして妙に不気味な印象を持ちました。甘い二枚目ではなく、岡田英次という少しクセのある俳優を起用した点も気になります。池部良や鶴田浩二のような同世代の二枚目俳優だったらどう演じたかなあと思いました。
「二十四時間の情事」2 (1959) 
2015/02/02 20:25

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