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zoom RSS 東京ノーヴイ・レパートリー・シアターの「白痴」を観たので徒然に

<<   作成日時 : 2014/06/11 06:27   >>

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ドスエフスキーは、
私が若いころ偏愛した作家のひとりである。

そのせいかいまでも
事件・犯罪を下敷きに作品を書こうとすると、
きまって私の前にラスコーリニコフがフラリと現れる(笑)。

ああ、こいつがいる限り、
絶対下手なものは書けないよなあ、
書いちゃいけないよなあと襟をただされてしまうのである。

その一方に必ずムイシュキンも現れる。
「白痴」のあのムイシュキン侯爵である。

このムイシュキンがそばにいてくれないと、
私はどうにも犯罪者が書けないからである。
ただし男はいやなので、私の前に現れるムイシュキンは
マリア様みたいな女性の顔立ちをしているのだが(笑)。

私の舞台を観てくれたお客さんに時どき、
ドストエフスキーを思い出しました、と言われることがある。

若い時分に偏愛した作家なので、
意識しようとすまいと、
どこか自ずとその影響が出てしまうのかもしれない。
だとすれば私にはこのうえなく嬉しいことなのだが。

ちなみに私の卒論は椎名麟三だったが、
椎名麟三を選んだのは、かれが強く
ドストエフスキーの影響を受けていたからでもあった。


ところで過日(6月8日)、両国へ
東京ノーヴイ・レパートリー・シアターの舞台を観に出かけた。
演目はドストエフスキーの「白痴」である。
劇場は、シアターX。

脚色、ゲオルギー・トフストノーゴフ、
上演台本、東京ノーヴイ・レパートリー・シアターとなっているので、
トフストノーゴフの脚本に手を入れてあるのかもしれない。

演出は、田口ランディさんに紹介されて以来、
なにかとお付き合いいただいているロシアの演出家、
レオニード・アニシモフさんである。

東京ノーヴイ・レパートリー・シアターの舞台は、
下北沢で「銀河鉄道の夜」を観て以来2度目。


演出は、見事の一語に尽きた。
これだけ細やかに空間を演出できる演出家は
もう日本にはいない。

また、僭越ながら、その演出の一部始終が
私には手に取るようにわかった。
そしてわかるのは、アニシモフさんと私は
同じ星の下に生まれたからからかもしれないと思った(笑)。

アニシモフさんはなぜか、
自分は日本人の生まれ変わりだと信じてらっしゃるのだが、
それに倣えば、私はもしかしたら
ロシア人の生まれ変わりなのかもしれない(笑)。


しかし演出がどんなにすばらしくとも、
残念ながら舞台は俳優のものである。
俳優がすべてなのだ、と私は考えている。

そのことは、同じ台本、同じ演出でも、
俳優によって舞台がガラリと変わってしまうことからも
容易にわかる。

俳優によって素晴らしい作品になることもあれば、
救いのない作品に堕すこともあるのだ。


東京ノーヴイ・レパートリー・シアターは、
レパートリー・システムをとっていて、
同じ作品を10年も続けて上演している。

この「白痴」も、アニシモフさんの指導のもと
基本的には同じ俳優たちによって上演されているらしい。

それをそばでずっと見守ってきたひとたちは、
10年前に比べると信じがたいほどみんな上手になった
ということである。

しかし残念ながら、
俳優たちの演技はたとえどんなに上手そうに見えようと、
私には退屈以外の何ものでもなかった。

本も、演出も、
いまの日本では観られないほど面白いはずなのに。


退屈なのは一言でいえば、
いま私が目の前にしている舞台のうえで、
何事も起きていないからである。

現実は絶えざる生起である。
と同じように、舞台というもうひとつの現実も
いま目の前で刻一刻と生起させていかなければいけないのに、
なにも生起していかないからである。

いいかえると、
人物同士、俳優同士で交わされる言葉が
すべて「うそ」だからである。

どこまで行ってもすべてがお芝居で、
お芝居なために、すべてがすでに私たちが知っていること、
既知のものでしかないからである。

すべてがすでに私たちの知っていることしか
展開されない訳だから、退屈以外のなにものでもない
ということになるのだ。


すこし具体的に言うと…、

ムイシュキンはナスターシャが好きになる。
ナスターシャもムイシュキンを愛するのだが、
自分がかれと一緒になるとかれを崩壊させてしまうと思い、
ロゴージンのもとに走る。

というストーリーだったりするのだが、

観ていても、
目の前のムイショキンがナスターシャを、
ナスターシャがムイシュキンを愛しているようには
とても思えないのである(笑)。

ロゴージン然りである。

かれは恋敵として現れたムイショキンを憎み、
殺そうとするのだが、かれがいまホントにムイシュキンを憎み、
殺したいと思っているようにはとても思えないのだ。

たとえロゴージンを演っている俳優が
どんなに大声を張り上げてかれを罵倒したにしろ。

すべて書かれた物語上だけのこと、
言いかえると、すべてを「約束事」として
劇を進行させてしまっているのである。

60年代、
私の先輩にあたる鈴木忠志や唐十郎、寺山修司らは
新劇の舞台を「予定調和」だと批判して
小劇場運動をはじめたのだが、

その「予定調和」のもとに、と言ってもいい。


そんな舞台を観ているとき、私はいつも
こころひそかに期待する。
誰かトチってくれないかなあ、と。
この瞬間、大地震がきて劇場が揺れてくれないかなあ、
俳優たちが驚いて舞台の上から逃げ出そうとするほど、と(笑)。

俳優たちが突然芝居をやめて、
お前、ちゃんとおれのセリフ聞けよ、おれにちゃんと喋れよ、
と、本気で殴り合いでもしてくれたほうが
よほど面白いからである(笑)。

偶然はすべて現実=ほんとうの出来事だもの。

寺山修司ふうに言えば、
偶然を必然として演劇の中に組み込んでいくことが
演劇なのだもの。

寺山さんが「訪問劇」と称して、
不意に見知らぬ家の玄関を訪ねて
現れたひとたち(観客)の目の前で劇を始めようとした気持ちが
改めてよくわかる。

演劇に苛立ったその心が…。


アニシモフさんはスタニスラフスキーの後継者
と目されている演出家だが、
スタニスラフスキーが言っていることは
私流に言えばひとつである。

現実を生きるように、
台本に書かれている物語を生きなさい、ということである。

現代劇(近代劇)は、古典芸能のように、
日本で言えば、能や歌舞伎のように演技の型をもたない。
じゃあ、どうすれば現代劇は成立するのか。
現実を生きるように物語を生きることだ、
舞台の上を生きることだ、
とスタニスラフスキーは提案した訳だ。

現代劇は、
スタニスラフスキーのその理念を生きることで現代劇足りえたし、
そしてまたその理念以外、現代劇はいまだに
どんな理念も持っていない。

私の言葉で言えば、
書かれた劇(=フィクション、うそ)を「ほんとう」にする、
現実(もうひとつの現実)にする、ということになる。
それが現代劇なのだ。


そのとき必要なのは、
アニシモフさんの言葉でいえば「暗黙知」ということになる。

鈴木忠志や唐十郎の言葉にすると、
「身体知」「肉体知」ということになるのだろうが、
自分のからだの中に眠っている知性だ。
けして言葉にすることのできない肉体のもつ知性。


そういうとわかりにくいかもしれないが、
なに簡単なこと(笑)。

書かれている物語に、
書かれている言葉に「憑依」されるように、
自分の身体を「受動」の状態に置けばいいのである。

巫女は、神の言葉を、声を聞いた。聞けた。
なので神の言葉に、神自身に憑依されたのだが、

それと同じように、自分を捨て、
徹底的に捨て、神の言葉を聞こうとすればいいのだ。
ムイシュキン侯爵のように。

ムイシュキンにひとの心がわかるのは、
かれの自己が解体しているからだ。

その解体が他人からすると「白痴」に見える訳だが、
つまらぬ自分が壊れているから、
ムイシュキンには他人の声が、こころがよく聞こえてくるのだ。

それと同じで、俳優はつまらない自分をまず捨てること。
捨ててしまえば、物語が、物語の言葉や声や心が聞こえてきて、
自ずと憑依される。

書かれてあることが
うそではなく、自然と自分の中で「ほんとう」になってくる。
現実になってくる。
それが「暗黙知」のチカラということになる。

そうなってこない限りは、
俳優はけして物語の中の言葉を、セリフを喋ってはいけない
ってことだよね。

俳優はいついかなる時も、
舞台に立ったらそのことをやっていかなくちゃいけない訳だ。


ちなみにスタニスラフスキーが
あの膨大な「俳優修業」の中で試みていることは、
いま私がここに書いていることひとつである。


「聞く」こと、憑依されることは簡単だと言ったが、
一方で私は、
いまの日本人にはおそらくいちばん難しいだろう
とも思っている。

自分が何者かであると思っている人間が大半だからである。
そういう人間には、自分を捨てて聞けと言ってもできない。
無理(笑)。


ぐだぐだと書いてしまったが、
東京ノーヴイ・レパートリー・シアターの俳優さんたちに
私が言えることはたぶんそのひとつ。

舞台の上で相手と会話しているとき、
喋ることはどうでもいいから、相手のセリフを聞きなさい
ということだ。

相手の言葉がいまそこで聞けていない。
普段他人と喋っているとき、
相手の言葉が自分のからだの中に入って来るはずだが、
それと同じように聞けていないからだ。

喋っているときだって、
自分の言葉が自分に聞こえてくるし、
周囲も自分のからだの中にはいってくるはずだが、
そういうふうに聞こえていない、聞けていないんだよね。
耳の中でワンワンと騒状態の中でしか聞こえていない。

「聞けない」のは、単純。
セリフを喋ることが演技だと思っているから。
喋るのはどうだっていい。適当でいい。

喋っている言葉が大事なのではなく、
喋られていないこと、言葉にできないなにかを
そこに感じとること。

それを「聞ける」かどうかが演技の生命線。


もう少し言うと、

自分とは、自分ともうひとりの自分との「関係」である。
関係とは、自分ともうひとりの自分との間に
「距離」があるということだ。

それと同じように、普段、
喋る自分の後ろに、聞いているもうひとりの自分がいる。
喋る自分と、聞いている自分のあいだに「距離」がある
はずなのだが、

この距離がなくなって、喋る自分ばかりになっている、
あるいは距離があっても異常接近した状態になっている
のである。

その距離を通常の状態に保つことが大事。

自分が喋っている言葉と、
自分との間に距離をとれ、というふうに言ってもいい。

世阿弥だったら、「離見の見」と言うのだろうが、
演じている自分(仮面)の背後に、
演じていない自分、素の自分が絶えずいないと
だめなんだよね。

自分が二重に存在していないとだめ。
近松が言ったように、
自分を「虚と実のあいだ」に置いていないとだめ。

なのに演じている自分しかいない。
「虚」の自分しかいないのだ。


もっと簡単に言うと、

舞台の上に立ったとき、
自分のからだの中をあれやこれやで一杯にしてしまうと、
とたんに相手の言葉や、周囲は聞けなくなる。
からだの中に入ってこなくなる。

だから、なにもしないで、
からだの中を空っぽにした状態でまず
舞台のうえに立てということだ。

そう言うと、
俳優さんたちはみな、わかっています、
でもそれが一番むつかしくて、と言うが、うそ(笑)。

自分がお客さんに見られてると思ってるから
できないんだよね。
怖くて、演技してるフリばかりしようとする。
人間の悲しい性だよね(笑)。

でも安心してくださいな。
誰もあなたなんか見ていませんので(笑)。


アニシモフさんは、
10数年前から年間のずいぶんを日本で過ごし、
日本の現代劇もずいぶん観てこられたようだが、

そのすべてを、
みな幼稚で話にもならないと、
一言のもとに切り捨てられている。

まったくその通りで、私も思わず快哉をあげてしまうのだが、
話にならないのは、私がいまここで言っていることを
日本の俳優たちがまったくわかっていないからだ
と言ってもいい。


もちろんアニシモフさんはそのことを先刻承知なので、
俳優たちにできる限り余計なことを、
お芝居をさせないようにしているのだが、
まだまだアニシモフさんの要求に遠く及ばないように見える。


おい、みんな、
いずれアニシモフさんをあっと言わせようじゃないかと、
あえて書いた次第(笑)。


「古事記」、どうぞがんばってください。
楽しみにしています。


●sinoさん
そうですか、松橋登の「白痴」を!
私は残念ながら観ていないんです。
友人が観てやはり感激していたので、そのあと
松橋登を一度観ました。
芝居はそんなにうまいとは思いませんでしたが、
ああ、いいなあと感動しました(笑)。
sinoさんがおっしゃるように、存在感、透明感、そして
素直な感じがとても良かったんです。
あとで考えると、うまいように思えなかったのは、
お芝居(うそ)をやってなかったからだとわかったのですが。
当時松橋登は私たちの間でもすごく人気があったのですが、
私が見る限り、浅利さんの手を離れるにしたがって
お芝居をするようになり、「?」となっていった気がします。

ちなみに寺山さんはむろん、鈴木忠志、唐十郎も、
初期の浅利慶太には一目置いていました。

「アンナ・カレーニナ」、どこがやったんでしょう?
演劇界にはまったく興味がなくてうといものですから。
おそらくほかの方が面白がっていたのは、
芝居は大仰なお芝居(うそ)をやることだと信じてらっしゃるからだと
思います。
そういう意味で言うと、sinoさんが期待なさるような舞台は
もう日本にはほとんどないので、
「私は芝居はちょっと」とお出かけにならないほうが
健康のためにもいいかもしれませんね(笑)。
sinoさんがお好きな映画作品を知ってるだけに、
そしてそれが圧倒的に正しいと私も思っているだけに(笑)。

余談ですが、体調もあまりすぐれず、
いまは週一、大学に行くのがせいぜいなんですが、
ある学生を誘ってお茶飲みに行ったら、三沢の子だったので、
青森のことでおおいに話が盛り上がりました(笑)。
高校は十和田の高校に通っていたそうですが、
聞くと、三沢は寺山修司が神様で、津軽の太宰は無視なんだそうです。
あのあたり、いまだに一方的に内戦やってるようです(笑)。
卒論、誰を書くかまだ決めてないと言うので、
青森は太宰と寺山だけだと思っちゃいかん。
間をとって、君がまったく知らないという永山則夫を書け、
許せん、とけしかけておきました(笑)。
また、今年の夏休みは帰省するのかと聞いたら、
どうしようと迷っていたので、迷うな、
先生の体調がすこしよくなってたら、一緒に車で帰ろう、
青森だけはどうしてももう一度行ってみたいんだ、
と誘っておきました。免許も持ってると言うし(笑)。
ほんとに行ける場合はご連絡しますね。

あ、もうひとつ。
私は寺山記念館にまだ一度も行ってないつもりだったんですが、
考えると、出来て間もないころ、恐山の取材に行った帰りに
一度行っているのかもしれません。
なぜか記憶が鮮明でないのですが、
入口の風景と、入った館内の様子がぼんやり記憶にあるんです。
出来たばかりだったせいか、桟敷が舞台で使った小道具などが
すこし展示してあるだけ。入場者も私ひとり…。
急な予定でほんの少しの時間しかいれなかったので
記憶が不鮮明になってるのかもしれません。
もうずいぶん昔のことだし…。

ありがとうございました。

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「白痴」懐かしい。若い頃に舞台を観た記憶がよみがえります。NHKの芸術劇場で観て、なんかすごく良かったので観たいな〜と思っていたら、弘前にも来て実際にも観たはずです。ムイシュキンは新人の松橋登さん、ナスターシャは三田和代さん、ロゴージンは水島弘さんでした。
原作を読んだことは無く、出会いが舞台だったもので、内容をどれほど理解していたかは判りませんが、魅了されました。松橋登の存在(美貌ではなく、透明感)だったと思います。三田和代の華やかさ、あの笑い声も、未だに記憶にあります。山崎さんはご覧になりましたか?。あの舞台もやはり幼稚の延長上にあったのかな〜?・・・。最近、ロシアもの「アンナ・カレーニナ」を観る機会がありました。
多方は感動した″さすが舞台女優だ"との声でしたが、私は良く頑張ってるなとは思ったものの、それほど良いものには思えませんでした。作品に共感できないという事が
まずあって、大作を舞台上で上手く表現するための設定は
確かに工夫されてるのですが、余りにコンパクトにまとめられているために、時として滑稽な感じさえしました。
すると、シリアスな大振りの演技も滑稽に思えてしまったものです。友人始め多くが感動してるのに、なんか損した気分です。おまけに水差すようで話も出来なかったし・・・。そんなわけで、ちょこっと言いたくなったわけです。
sino
2014/06/19 16:41

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