|
9月11日(2010年)15時03分、加藤一也が永眠した。 享年50歳…。 8月30日に気管支喘息の発作を起こして倒れ、 入院して集中治療を受けていたが、 そのまま帰らぬ人になった…。 喘息は子供のころからの持病で、 荒山昌子(元転位・21)によれば、 近年、その喘息で入院していたこともあるという。 加藤が旧転位・21に入ってきたのは、 1984年の4月だったとおもう。 本人によると、明治学院の学生時代に、 「勝手にしやがれ」(83年6月公演)を観て、 卒業したので来たと言っていた。 小堀ちえみ、中野貴枝江らが同期生である。 小堀とは明学で一緒に芝居をやっていたが、 お互いまったく内緒で入団試験を受け、 稽古場で会って双方目を丸くしていたのを憶えてる。 84年の「ゼロの神話」で警官役で出演し、 90年の「ホタルの栖」と 91年の「ぼくは17才」で主演。 とくに印象に残っている舞台は、 「ぼくは17才」の少年役と、 「骨の鳴るお空」のシンさん役である。 ふだんから控えめで、トツトツと喋るやつだったが、 それがけっこううまく生きていて、 いまでもその姿を鮮明に思い出すことができる。 転位にいたころは高円寺に住んでいたので、 稽古が終わったあと中野でよく一緒に飲むこともあった。 徳永英明が好きで、 カラオケでよく歌っていたのを思い出す。 小堀、古瀬進、成行美智子、山田道子、青野智子、 下総源太郎らと仲がよかったのかな…? 転位をやめたあとは、 やはり転位にいた成行美智子と結婚し、 二人で「13号地」という劇団をやっていたようだ。 そのころは私も水戸に行っていたので、 また会えるようになったのは、 新転位・21をはじめてしばらく経ったころ。 公演をいつも観に来てくれたので、 たまに稽古場に呼んだり、忘年会に呼んだりしていた。 一度だけ出演を頼んだことがあり、 ちょっと稽古にも来ていたのだが、 途中、加藤の仕事の都合でどうしてもだめになった。 また機会があればと思っていただけに、ひどく心残りだ。 まったくひどいやつだよ、おまえは、 おれより先に逝くなんて、と、正直言って腹が立つ…。 成行だって可愛そうだと思わないのかよ…。 もう咳で苦しむこともあるまい。 人一倍責任感が強かったから疲れたろう。 ゆっくり休め。 また会おう…。 ■加藤一也の旧転位・21出演舞台 ●「ゼロの神話」 84年5〜6月 スズナリ ●「ホタルの栖」 84年11月 スズナリ ●「ホタルの栖」 85年3〜4月 スズナリ ●「水の柩」 85年11月 紀伊国屋ホール ●「1/2の少女」 89年10月 本多劇場 ●「ホタルの栖」 90年6月 スズナリ ●「骨の鳴るお空」 91年5〜6月 スズナリ ほか ●「骨の鳴るお空」 91年10〜11月 スズナリ ほか ●「ぼくは17才」 91年5月 スズナリ ●成ちゃんへ はやいものでもう1月経ちました。 まだ加藤がいなくなったって信じられませんね。 落ち着いたらぜひ稽古場へも…。 |
| << 前記事(2010/08/18) | ブログのトップへ | 後記事(2010/09/20) >> |
| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
|---|
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|---|
お忙しい中、告別式にもお越しいただきありがとうございました。 |
成行 2010/09/20 22:33 |
| << 前記事(2010/08/18) | ブログのトップへ | 後記事(2010/09/20) >> |